「な……なんだ?」
真っ暗になった世界。聞こえて来る物が僅かにあった。
それは徐々に音量を高めて行き、俺になにかを理解させた。
「これは……声」
周りに響くのは声。さまざまな声だった。
救ってもらえなかった嘆き、理不尽に大切な物を失った怒り 悲しみ。
元に戻れない寂しさ、しかしその多くは隙間風のようなうなりとなって俺の耳に届いている。
「怨嗟の声……なるほど、負の思いの集合体か。たしかに、こんだけの負の念が集まればそうもなるか」
はっきりと音の正体を理解したとたん、俺の思考は落ち着いた。そして次に考えるのは打開。
「この積念、どうしたもんか。あんま長いこと放置してっと俺までおかしくなりそうだぜ……」
考えが口に出るのは安心するためだ。なにも見えない世界じゃ、自分がどうなってるのかわからない。黙ったままで思考を巡らせた上に周りには怨嗟の海。
これじゃしまいにゃ、自分がどこにいるのか 自分が生きてるのかすらわからなくなりそうだ。だから自分の声を出すことで、自分が生きてることを確かめてる。
「……破壊するか?」
そうして例の光の塊を出すべく精神を集中する。少しすると突如俺の右側に揺らめく光が現れた。どうやら俺の右手は今、自分と水平になってるらしかった。
自分の手が下を向いてたことは喜ぶところだな。もし手が拳を放とうとするような体勢だったら俺は自分の光で自分を貫くことになっていた。
揺らめく光を認めた俺はそれで感覚を捕らえる。そしたら後はもうさほど難しくなかった。光を安定させるべく、さらに集中して さっきエンシェルに切りかかろうとしたように光塊を握り締めた。
光を感じ取ったのか、怨嗟の声が違うざわめきを見せる。その少し後、声の内容が変わった。
「助けて……くれ、だって?」
そう 光塊を作り出すまで、嘆き 怒り 悲しみの色しかなかった怨嗟の声は、光塊を認識したとたん救いを求めて来たんだ。
そしてすがるような声たちは、口々にコトダマ様と発してる。どうやら俺の光塊を救世に現れたコトダマ様だと判断したようだ。
「勝手だなまったく。まあ こっちのやるこた変わらねえ。じゃ、お望みどおり成仏させてやるとするか」
言って一振りする。光塊はブオン と言う特殊な音と共に空気を切り裂く、すると断末魔のようなうめき声がいくつも同時に鳴った。
「やっぱし囲まれてたか。こいつらがなにも攻撃して来ないのが幸いだな」
言いながらやたらに光塊を振るう。すると次々に悲鳴じみた声がする。それと同時に俺の体に、なにか言い知れない重みがかかり、心にも重圧がのしかかって来ている。このプレッシャーはいったいなんだ?
そのプレッシャーのせいで光塊が重たく感じ、一度乱舞を止める。そうしたら、なんだか聞いた覚えのある声が聞こえて来た。
「この……声……は……」
それは幼い子供の声だった。覚えてる……この声は、エルナの村が襲撃された時、目の前で魔物に殺された男の子の物だ。
おかしい……今俺にはなにも見えないはずだ。なのにはっきり見える。今も助けを求めてその短い手を俺に伸ばそうとしている少年が……。
訴えて来る、お兄ちゃん 助けて……助けてよ。
「ちくしょう、なんだってんだ! 見えねえはずなのに、あの化け物まで鮮明に見えて来やがる」
男の子を羽交い締めにした光沢ある紫色の人型が、少年の細い首をギリギリと締め付けて行く。今目の前にその光景はない……ないはずなのに見えて来る。これはなんだ……なんなんだ?!
「やめろぉっ!」
言って人型の首の位置に、光塊を横薙ぎする。たしかに……たしかに今、俺は人型の首を切り飛ばした。なのになんだ?
「おかしい、おかしいだろ!」
見えて来る映像に変化がない。一瞬首が吹っ飛んだように見えたけど、即座に再生。少年は苦しそうにうめきながらも せめて抵抗しようと手足をじたばたさせている。
俺は再度奴の首を撥ねる。今と同じように首が再生、少年の声と動きは変わらず。歯噛み一つ また首を撥ねる。また再生。撥ねる。再生。撥ねる。再生。
「なんだってんだっ!」
また首を撥ねる。やはりまた再生。そこで思い至る、せめて首を絞めるのを止めさせられればと。だから俺は奴の右肩を切り落とす、続けて左も。だが……。
「なんだよ……首だけじゃねえのか……」
腕すらも再生する。ふと目の前から殺意、方角に目を向ければ 少年の瞳。そこに宿るのは憎悪、無駄なことをし続ける俺への憎悪。
「なんだよ お前。助けてほしいんだろ? 救ってほしいんだろ。それなのになんだその目は……早くしろ、とでもいいたいのか?」
少年は一瞬驚いた表情を見せたが 直後。
「助けてよ……助けてよ」
声がかわった。それはからかう声、それでいて端には救いを求める音が混じっている。なんだこれは……?
「ああ、やってるだろう。お前を助けようって後ろのバケモンを切り捨てようとしてるだろうが」
自分の声に怒気がこもってるのが分かった。光塊を握る手に力が入り、両手に汗が滲む。
「助けてよ……助けてみせてよ」
「なん……だと」
少年の声色はそのままに、他人行儀な物言いが俺の怒りに油を注いだ。
「お前……なにさまだ。人が必死んなって助けてやろうとしてんのに、助けて見せろ だと? 変わらねえとでもいいてえのか、お前がそのバケモンに殺されるのは変わらねえとでもいいてえのかよっ!」
少年は、俺の叫びにいやに冷静に 声色を変えずに答えた。
「あたりまえじゃないか。ぼくはもう死んでる、この事実をどう変えるって言うの? この空間でなら結果が返られるとでも考えた? クスクス。お兄ちゃん、自分が助けられなかったからって気にすることないんだ。だって ぼくが死んだのはお兄ちゃんのせいじゃないんだから、気にせずに他の念と同じようにぼくも切り捨てればいいじゃないか」
「できるか……」
「偽善者だね、お兄ちゃんは。関係ない念なら遠慮せずに切り捨てられるのに、自分がかかわってたからって理由でぼくを殺すことができないなんて」
「……ち」
舌打ち一つ、それしかできない。だって それはそのとおりだから。
「変えられないなら、それは受け入れるしかありません」
突如聞き覚えのある声がする。
「エルナ?」
「ですが風真さん。それに怒りを覚えちゃ駄目です」
「お前……ほんとにエルナなのか?」
凛とした声、普段のエルナからは創造も付かない。
「はい、勿論です」
「それに……そりゃどういう意味だ?」
「その男の子は、コトダマ様だからです」
「なんだって?」
「なに!? この空間に他の人間が紛れ込むだと?」
少年の口調が子供のそれじゃなくなった。
「コトダマ様。風真さんを壊すつもりですか」
悲しそうな、だけど僅かに怒気をはらんだ声。やっぱりエルナなのか疑わしい、それほどにその意思は強く 俺が思考を止めるには充分だ。
「貴様、言霊の民の娘。どうやってこの怨嗟の海を抜けて来た?」
「わたしには、ただその声を聞くことしかできませんでした。感情の波に狂いそうにもなりました。でも……わたしは、この声の主(あるじ)さんたちの思いを受け止めなければいけない。それが遺された言霊の民のわたしが 唯一できることですから」
なんだ、この異常なエルナの強さは……、エルナがこんなに強い心を持ってたなんて。
「貴様……なにものだ?」
怯えるような声色でたずねたコトダマ様に、
「言霊の民、エルナ=コトノハですよ」
そう答えた少し後、エルナは優しい 子守唄でも歌うような声色で詠唱を始めた。
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