「ここが、魔界か」
「案外、普通なんですね。ちょっと薄暗い感じはしますけど」
俺たちが魔界を見た第一印象。エルナの言ったことはそのとおりだったので、俺は頷くことで同意を示しておく。
「最初はそうでもないかもしれないが、長期間いると滅入って来るぞ」
背中を向けたままのジンからの声。そういうもんなのかねぇ?
「あの先輩、エリーナさんの友達の家って……そこですか?」
秀奈の左手がなにかを指し示しているらしく、彼女の左腕が前に振られた。その方角を見ると、さほど大きくない家が目に入る。
「ああそうだ。事前に連絡は入れてある、お邪魔するとしよう」
言い終えたジンは、そのまま正面にある玄関口へと歩を進める。なので俺たちもそれに続いた。
「呼び鈴とかあるのな」
俺の世界の家とまったくかわらないから、玄関口の様子を見て、俺はそう感心する。エルナも同じらしく、興味深そうに目の前の家を眺めている。
呼び鈴を押したジンは、相手の応答を待つ。1秒ほどすると、家の中から慌しい足音が聞こえてきた。家主だろうか?
「あ、ジンさんご一行様ですね。こんにちは、どうぞ」
中世的な顔の少年が、そう頭を下げてから俺たちをそうやって中へと促す。
「あれ、使用人かなんかか?」
口ぶりからしてジンのことを知ってるらしかったので、俺は家に上がらせてもらいつつジンに聞いてみた。
「いや、あれが家主だ」
「まじか!?」
さらっと告げられた衝撃の事実。あの少年がここの家主だと?
「ああ、彼はユナと言う。脱走したエリーナを匿っているんだ」
「ユナ……ですか。なんか女の子みたいな名前ですね」
エルナが不思議そうに言った、俺もそれには同感だ。
「あ、兄さん」
それほど長くない廊下を進んで居間に付く。そこで俺たちを出迎えたのは、そんな少女のひとことだった。
「エリーナ。どうだ調子は?」
久しぶりのひとこともなしに、いきなりジンは妹にそう言葉を返し彼女の思考を一瞬止めた。
「え……ええ、魔力はずいぶんと使ってしまったけど身体は元気よ」
「よう、久しぶりだな。覚えてるか俺のこと?」
「社風真(やしろ かずま)さんですよね、お久しぶりです」
ぺこりとエリーナは俺に会釈をしたので、俺は「おう」と返事をする。どうやら覚えててもらえたようだ。
「そちらのお二人は?」
女子二人のことを見て、俺にそう問うて来るエリーナ。なので、俺は簡単に説明をした。
「兄さんと風真さんのパートナーさんでしたか、初めまして。エリーナ=ハザードです、兄がお世話になってます」
エリーナは俺たちの方に体を向けるべく座りなおすと、二人には深くお辞儀をした。二人もそれぞれに挨拶を返している。
「あ、あの……座っても いいんでしょうか? なんだか……緊張してしまって……」
顔色を伺うようにおずおずと切り出すエルナ、それには茶菓子を盆に入れた状態で持って来たユナが了解を出す。と言うことで、俺たちは炬燵状態で置かれているテーブルに腰を下ろすことにした。
「しかしこの家、ずいぶんと俺の世界風だよな?」
見回して見ると、凡そ魔界とは呼べる内装をこの家はしてなかった。高級品じゃあないものの絨毯の床やらテレビらしき物やらなにやら、俺の世界の言えとなんらかわらない趣である。
「魔界じゃ珍しいですね、たしかにユナの家みたいな雰囲気は」
とはエリーナ。呼び捨てにしていると言うことは、二人の関係はそれなりに深いのだろうと見当が付く。
「このお菓子おいしいですねぇ」
秀奈とエルナが、茶菓子を食べての感想。なんでか緑茶まであったりするんだが、ほんとにどうなってんだ? 実は魔界ってのはドッキリなんじゃなかろうな?
「そういえばエリーナ。かなり魔力を使ったと言ってたが、連中から逃げるためだけじゃなさそうだな」
ジンはそう問いを発してから茶をすする。
「え? ええ。彼等はわたしの魔力の純粋差が邪魔だったみたいで、それを変えるために毒を飲ませたの。それを解毒するためにかなり魔力を使ったから」
「毒で魔力って変化するもんなのか? と言うより魔力に純粋とかそうでないとかあるのかよ?」
エリーナの話に食いついたのは、ジンよりも俺が先だったようだ。
「はい。兄さんから聞いたかもしれませんけど、わたしは自分に備わってる魔力を、まだあまり扱えてません。使われていない力は磨耗せずに留まっています。それが純粋差です」
「つまるところ、新品の魔力じゃ扱いにくかったってわけか」
「そういうことですね」と答えてから茶を飲み、エリーナは味わうような息を吐く。
「だからその使っていない魔力をむりに使わせて、自分たちが都合のいい磨耗した魔力にするために、ある程度の毒を盛ったみたいです」
「なるほど。連中、許すまじだな」
俺の溜息交じりの言葉に、この場の全員が同意した。
「科学者ってものは、往々にしてそういうことをするものだとはわかっているが……、それがいざ自分の身内に対して行われた物となると……こうも腹立たしいものか……!」
「に、兄さん 落ち着いて! 魔力が煮えてる!?」
エリーナが妙なことを言ったので、ジンの方を見てみた。すると、ジンの周囲に、なにやら泡立ったようなオーラが見えた。……これのことか?
「なに奇妙な現象起こしてんだお前は……」
呆れ半分感心半分で言う俺に、ジンは「……すまん、少し取り乱したらしい」と謝る。言葉の直前に泡立ったような、エリーナいわくの煮えてる魔力は収まった。
「ふぅぅ、なんだかゆったりしますね〜」
緑茶を飲み終えたらしいエルナが、湯のみをテーブルにおいてから、すごくゆったりとそう言った。
「エルナ、わかってるか? 俺たちは癒され荷来たんじゃないんだぜ」
「あ、はい。もちろんですよ」
「それならいいけど。さて、どうする? ぼちぼち行くか?」
ジンに確認してみる、すると「そうだな」とエルナと秀奈を見ながら言った。
「え〜、もうちょっとゆっくりさせてくださいよ先輩〜」
不満そうな秀奈の返事に、ジンはぴしゃりと「これ以上くつろぐと、意欲がなくなりそうだからなお前は」と言い放ち、秀奈に二の句を告げなくした。
「エルナはどうする?」
俺の問いには、「あの……大丈夫です。お茶もいただきましたし」と答えが返ってきた。つまり茶を飲みきるまではいるつもりだったんだな、少なくとも……。
「で、ユナたちはどうする? 俺たちと来るか?」
エルナの返事に頷いてから、続けてこの家の住民に彼女に対したのと同じ問いを投げてみた。
「ぼくたちは……」
僅かの間の後、ユナはエリーナを見た。どうやら彼女の意見次第のようだ。
「わたしも行きたいです」
「エリーナ、大丈夫なのか? おそらく戦うことになるぞ」
心配そうなジンの言葉、それにエリーナは「大丈夫、皆さんと一緒に動くから」と意思の強い答え。
「うっしゃ、決まりだな。家主、戸締りはちゃんとしてけよ」
俺の余計なお世話だと言われてもしかたないひとことに、家主君は頷くことで返事とした。
「お茶とお茶菓子、ご馳走様です」
「あの、ご馳走様でした。おいしかったです」
女子二人は言えを出がけに、そう家主に礼をした。家主もお客に続きつつ「どういたしまして」と礼を返している。
「ごっそさん、んじゃ お出かけと行きますかね」
俺も彼女らに続き礼しつつ、そうやって気合を入れた。
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