「各部チェック終了、異常なし」
わたしの中で誰かが呟く。それはわたしであってわたしじゃない、機械のわたし。
「各CSC、稼動を確認。コンディション オールグリーン」
その言葉と共に、世界が広がっていく。薄っすらとわたしの中に生きていると言う気配がフェードインする感覚。
「Front Line製、MMS-Automaton 神姫。天使型アーンヴァル、起動します」
初めて発する外界への音、わたしの声。だけど それはまだ機械的。声の後、わたしはゆっくりと意識が 力が 心が伝達されていくのを感じた。
そうして全身がわたしで満たされたのを理解してゆっくりと身を起こせば、そこに見えたのは人間の男性。プリセットされた情報データと照合すると、目の前のこの人は まだ少年と呼べる年齢らしかった。
「初めまして、あなたがわたしのマスターですか?」
じっとわたしに見入っている少年に、そうやって初期起動プロセスを完了するために。わたしがしっかりとわたしになるために、そうして声をかけます。
まだいまいち動くことになれなくて、あまり態度はよくないですけど 両手をわたしが寝転がっているクレイドルに突いて、気だる気に見えるかっこうで聞いてます。
「あ、え その……」
そんなわたしを見て、少年さんはオロオロしています。なんだか心なしか顔が赤いような気もします。
「いや、君のマスターはぼくだ」
突然少年さんを押しのけるようにして、横からもう一人男性が現れました。めがねをかけた、理知的に見える方です。
彼の言葉を借りれば、どうやらわたしのマスター わたしを購入したのはこちらの方みたいです。
「うわっ!」
おしのけられてしまった少年さんは、そううめくとわたしの上に倒れ掛かって来そうになっていたのを強引に方向変更。自ら机に頭をぶつけてしまいました。
ゴチンってなんだか痛そうな音がして、罰が悪そうに顔を上げた少年さんは おでこにたんこぶができてました。その姿がおかしくって、つい笑いがこみ上げてしまって 慌てて口に手をやりますけどもう遅いですよね。
そんなわたしに少年さんは苦笑い。なんだか居心地のいい人だなぁ。
さて、どうやら本来のマスターさんはこちらの方ではないようなので、めがねさんの方に視線を動かし、初回起動プロセスを再開します。
「はい、了解しました」
なにに対しての「はい」なのか、自分でもよくわかりません。リズム……なんでしょうか?
「それではマスター名の登録と神姫名の登録をおねがいします」
この二つ、マスターと神姫の固有名を決める。これによってわたしたち武装神姫は、マスターとなった人の友になるための基本ステップを終えることができます。
「わかった。ぼくの名前は古戸岳斗、君の名前はアーンヴァル」
わたしは耳を疑いました。自ら購入したのですから、わたしの商品名がアーンヴァルであることは承知しているはずです。
なのにこのマスター 岳斗さんは、わたしの名前を……固有名をアーンヴァルだって言うんです。
「え、あ あの……アーンヴァルは言わば商品名です。そうじゃなくて、わたし固有の名前をつけてほしいんですが……そうしないと初回起動プログラムが完了しないんです」
困ってしまい、思わずいらないおせっかいかな なんて思いながら開設します。
「君はアーンヴァルって名前なんだろう? それでいいじゃないか」
わたしの説明を聞いているのか それとも聞いていてそう言うのか。表情の動きの少ない岳斗さんの気持ちを推し量るのは難しいです。なのでわたしは、
「いえ、あの ですから……」
と同じことをもう一度説明しようとしましたけど、どう噛み砕いて説明したらいいのか。ついつい、たんこぶさんに目で助けを求めてしまいますが、たんこぶさんも困ってしまっている表情……そ、そうですよね。
「やれやれ、まさかこんなめんどくさい設定が必要とはねぇ」
岳斗さんは、突然変なことを言いました。
「マスター? あの、説明書にも書いてあると」
思うんですが、って言おうとしたらまるでわたしの声なんて聞こえてないように 岳斗さんは言ったんです。
「おもちゃに名前をつけるなんて、そんなの幼稚園で卒業したよ」
「……え?」
僅かに、時間が……凍りつきます。今……とても恐ろしい言葉を聴いたような気がして、わたしは思わず尋ね返していました。
「お……おもちゃ……ですか」
自ら発したその言葉。わたしたち神姫はオーナーの、マスターのパートナーになるべくして生まれたはずです。
それなのに……それなのに、この人は このマスターは、わたしをパートナーとは……認めて……くれて……いません。
「そ、君はいわゆるおもちゃ。勝手に動くし勝手に考えるらしいけど緒戦はおもt」
「それなら……どうして、マスターは。マスターはわたしを買ってくださったんですか!?」
彼の言葉を遮って聞いた声は、自分でも驚くくらいにはっきりしてなくて。涙声って言うみたいです、こう言う声は。
「売れ残ってたk」
「リセット……してください」
再び言葉を遮って、そうして口を突いたのは 自らの消失。リセット、それはつまり 自らの意識と自我を消し去ることです。つまり人間で言うなら死ぬことと同じです。
「なに?」
たんこぶさんが、とても悲痛な ほぼ涙声で呟きました。わたしの言葉を確認する意味じゃなく、わたしの言葉を信じたくない そんな声。
だけどわたしは、たんこぶさんにわたしの「意志」を伝えます。うまく声にならない声で。
「起動したばかりなら、まだ……まだそれほど悲しい思いをしなくて済みます。ですから……ですから、リセットしてください っ!」
こらえきれずに、それだけ言うと涙が溢れてしまって もう……嗚咽しか声が出てくれませんでした。
「お前、リセットって。それってつまり……!」
まだ信じられないと言う声で、たんこぶさんがわたしに聞きました。この人は、きっと心の強い人なんだと思います。
知りたくないはずなのに、知るのが怖いはずなのに。それでもわたしにその言葉を確かめる 勇気を持った人です。
「はい。わたしを……殺してください」
なんとか涙の間で紡いだ言葉。
「な」
そんな力の入らない声を出したかと思うと、サッと血の気が引いてしまうたんこぶさん。
「パートナーとして神姫が必要ないのなら、わたしなんて必要ありません。ですから……殺してください……これ以上、悲しい思いをしないために……!」
まだうまく言葉がでなくて、少し途切れ途切れのわたしの言葉。それを聞いてたんこぶさんが、握りこぶしを震わせています。
「そうだね、たしかにおもちゃが自由にならないのは面白くない。お望みどおり リセッt」
たんこぶさんにすごく強い意志を宿した瞳で見られた……いえ、睨まれた岳斗さんは 涼しい顔をしてそう言いました。いえ、言おうとしました、ですが。
後半へ
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