神姫。それは15cmの奇跡。
 神姫。それは人が到達しえた神の領域。
 神姫。それは心の友であり恋人であり家族。
 西暦2036年。宇宙人の襲来も第三次世界大戦もなく、ノストラダムスの大予言も外れ 世界が平穏に流れたそんな時代。
 世界、こと日本では神姫と呼ばれる前兆15cmのフィギアロボが大流行していた。自らの意思を持って動き、自らの心を持って笑い 泣き 恋をする。
 それがたとえ人工的に作られたプログラムの複雑な組み合わせによって構築された仮初でも、人々はそれを心を持っていると認知した。
 そうして人々はいつしか、その数ある神姫に優劣をつけることを考え出した。仮にもロボットである宿命なのか、その優劣は戦うことであった。
 自らの神姫を武装させ、自分のパートナー 相棒の強さ、そして美しさを争わせるようになった。
 そんな彼女らを人々は武装神姫と呼んだ。
 この物語は武装神姫が広まってから二年後の2038年、ひょんなことからそんな武装神姫のマスターになった少年とその相棒、そして彼らをとりまくさまざまの物語である。
 
 第1話、衝撃のファーストコンタクト
 
「ただいまー」
 どんよりと曇り始めた空の下、どうにか雨に降られる前に帰宅した俺 古戸圭二(ふるど けいじ)は、学校指定の制服に汗をかきかき家のドアを開けた。
「まったくなぁ、いきなり曇り出すんだから焦ったぜ〜」
 俺はそれほど離れてはいないけど、歩いて行くにはちょっとだるい。そんな距離にある中学に自転車通学している。
 さっさと制服を脱ぎ捨てて私服に着替える。この開放感がたっまらないんだよなぁ〜。
「おい 圭二、ちょっとこいよ」
 開けっ放しの俺の部屋に、そうやって入って来たのは俺の一つ上の兄貴、古戸岳斗(ふるど がくと)。
「なんだよ兄貴、いきなり現れてニヤニヤして。不気味だぞ」
 振り返った俺が見た兄貴の表情は、言葉どおりなんだか楽しくてしかたがない と言った様子でニヤニヤしていた。だから容赦なく言ってやる。おかえりのひとことがないのはいつものことなのでスルー。
「まあそう言うなって。いいからこいよ」
 同じことをまた言われ、しかたなしに兄貴の部屋に向かう、そんな兄貴の表情をキモいと思いつつ。
「……これって、神姫かよ?」
「そぉぉなんだよ」
 俺が兄貴の部屋に来て、まず目に入ったのはパソコン。そしてそこに繋がれた見慣れない小型のベッド型に見えるなにか、そしてそこに寝ている女の子。
 ベッドが小型、それもだいたい20cmぐらいだろうか? いや、もうちょっとあるか? とにかくそんな程度。したがって寝てる女の子はそれより小さい。
 俺の驚いた呟きに、兄貴はどうだと胸をそらして自慢している。
「神姫ったって安くないんだぞ。どうやって買ったんだ?」
 世間一般に神姫と言えば、イコール武装神姫のこと。それほどに武装神姫は世の中に浸透していて、そこにもここにもあそこにも ってな勢いで町には神姫連れの人があふれている。
 勿論いいことばっかじゃない。違法改造や神姫を使った犯罪 捨てられて野良神姫になってるのがいたりもしているらしい。幸いどれにもまだ遭遇したことはないけど。
「お年玉だよ、今までのを半分程度使った」
 兄貴の答えに納得する俺。幸いなことに、あまり交流はないものの 俺の血縁は多く、それもお年玉をくれるような人がたくさんいる。そのため、こんな一中学生にしては大変な金額の神姫を購入することも可能だったりする。
「しかもこれ、初期モデルのアーンヴァルじゃねえか、よくあったな」
 見慣れてはないけど見覚えのあった15cmほどの少女。その神姫は初期に発売されて今も人気の高い天使型MMS、アーンヴァルだった。だから俺のテンションは否応無く上がる。いや、あがらいでか!
「幸い残ってたんだよ、まあトランシェ2なんだけどな これ」
 アーンヴァルトランシェ2、それはメーカーが気を利かせたのか初期のアーンヴァルをリメイク再販してくれた物。こっそり武装が増えてたりする。同じく初期モデルでアーンヴァルと対になる悪魔型のストラーフもビスとしてリメイク発売されている。
 品薄状態の天使 悪魔型を、武装のおまけつきで再販するとは メーカーも粋なことをしてくれるもんだ。内部の処理速度だとか、そう言った細かい部分もマイナーチェンジしてるって話だけど、その辺俺にはよくわからない。
「なるほど、で? なんか動いてるけど」
 パソコンの表示がめまぐるしく動いている。兄貴は稼動チェックやらCSCのチェックやらしてるらしいと教えてくれた。
 CSC、コアセットアップチップ。神姫のいわば中枢、胸の内部スロットに入れる三つの宝石。戦闘 性格なんかのデータが入った小指の先程度の言うなれば命の元。この三つのCSCの組み合わせによって各神姫はそれぞれに個性を持つ。
 俺も武装神姫に興味がなかったわけじゃない、それに友人にもそれなりに武装神姫ユーザーがいるから 多少なりとも知識はある。
「お、目をあけたぞ」
 俺はその天使型神姫の様子を食い入るように見てるけど、兄貴はそうでもなさそうで。ただ俺に武装神姫を買って来たことを自慢したかっただけらしい。
 正直……かわいい、まあ美少女フィギアなんだからかわいいのは当然なのかもしれないけど。
「Front Line製、MMS-Automaton 神姫。天使型アーンヴァル、起動します」
 あまり抑揚の無い声。だけど次の瞬間 やっぱりロボットなんだな、って俺の感想は前言撤回せざるをえなくなる。
「初めまして、あなたがわたしのマスターですか?」
 ゆっくりと、まるで周りの状況をたしかめるように半身を起こした神姫 アーンヴァルは、まっすぐに俺を見つめて そう問いかけて来た。
 その声は、とっても合成音声とは思えないクリアで綺麗で……そして明るい声だった。
「あ、え その……」
 腰まである長い金髪をふわりとベッド じゃなくてクレイドルにあずけ、両手も同じくクレイドルに突いた状態で上目遣いで見つめられ 俺は思わず口ごもった。
 理由は二つ。一つは俺がこの子のマスターじゃないこと、もう一つはそのあまりにも愛らしい姿に言葉が出なかった。
「いや、君のマスターはぼくだ」
 いきなり横から兄貴が現れた。呆けてた俺は突然の兄貴の登場に「うわっ!」とおおげさに驚き、バランスを僅かに崩してしまい 危うくアーンヴァルにのしかかってしまうところだった。
 どうにかクレイドル横に頭をずらすことで難を逃れた。おかげでおでこにたんこぶだぜ。一方のアーンヴァルは、俺の様子を見てクスクスと楽しげに笑っている。
 けど、その笑いに不思議と腹は立たなかった。頭を上げたのを確認してなのか、兄貴に視線を変更するまさに天子のような少女。
「はい、了解しました。それではマスター名の登録と神姫名の登録をおねがいします」
 これはおそらく誰しもが通る道なんだろう。聞いた話じゃパソコンからの文字入力でもいいらしいんだけど、だいたいの人がこうして音声で登録をするらしい。
「わかった。ぼくの名前は古戸岳斗、君の名前はアーンヴァル」
 それを聞いて少女の表情が怪訝に染まる。俺もきっとそんな顔をしてるんだろうな。
「え、あ あの……アーンヴァルは言わば商品名です。そうじゃなくて、わたし固有の名前をつけてほしいんですが……そうしないと初回起動プログラムが完了しないんです」
 困った表情のまま、少女は説明する。
「君はアーンヴァルって名前なんだろう? それでいいじゃないか」
「いえ、あの ですから……」
 理解していなかったと判断したんだろう。少女は再度同じ説明をしようとしてるけど、言葉が出てこないみたいだ。なぜか助けを求めるような視線が俺を捕らえているけど……ど、どうしろと?
「やれやれ、まさかこんなめんどくさい設定が必要とはねぇ」
 兄貴 妙なことを突然言い出したなぁ。
「マスター? あの、説明書にも書いてあると」
 思うんですが、とでも言おうとしたんだろうけど それを兄貴のとんでもない言葉が遮った。
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