落とし穴を囲むようにして、とどまっている一行。このままのペースでノルマが達成できるのかなどと言う突っ込みは怪我の元だろう。
「来たわ」
姫様の言葉に他三人は足元を見る。すると穴の底のさらに下層から、なにかが盛り上がって来る気配がした。
「ハサミ。やっぱり蟹だったわね」
まず覗いたのは、さきほどまでホワイトの足を挟んでいた蟹挟のような物。そこからそれの姿が見えてくる。
「意外とでかいな」
「ほんとに蟹みたいな格好してるんだ……」
「ちゅうよりは巨大ザリガニって感じですな」
大分姿の見えたそれは、オーディーの言うとおり縦置きのザリガニのようだった。しかし全身が出て来たわけではなく、まだ下に体が続いているのは明らかだ。
「でかいって言うよりは、長そうね このザリガニ」
「そうね。でスタン? こいつをどう料理するつもり? スタンの殺り方にまかせるわ」
あまり女の子から発される言葉ではない。しかし、この長大ザリガニを見たとたん、ホワイトの目が怒りゲージMAXまで一気に行ってしまったためやむなしだ。
「あたしがまず蹴り込むから、その後で煮るなり焼くなり好きにしていいわうさぎ」
「ふふふ。OK」
殺意がオーラとして具現化しそうな二人の雰囲気に、残り二人はなにも言うことができずにいる。
「脳天が見当たらないわね。もしかして実はこっちは尻尾の方とか? まどっちでもいいわ。とりあえず」
言い終わると、姫様は高く跳躍。勿論長大ザリガニに向けての一撃を放つためである。
「おりやああ!! まずはあたしの分だ!! 喰らえっっ!!」
声が終わるのと同時に、二つのハサミのちょうど中間の部分に、姫様は踵落としを叩き込む。だが、まだ彼女の攻撃は終わらなかった。
「次は」
いいながら今踵を落とした部分を踏みつけて再度垂直ジャンプ。
「うさぎの分だぁぁぁ!!」
体制を空中で変えると、姫様は拳にまた力を最大に溜め込む。
「ほおおあったああ!!」
いいながら、右の抜き手を 今と同じ部分に叩き込んだ。めり込んだ拳になにか気持ち悪い感触が伝わる。
「うさぎ! 後はあんたにまかせる!」
一瞬顔をしかめた姫様だが、その血液だか脳漿だかわからない液体を、ザリガニのハサミに拳を叩き付けることで飛ばしてジャンプ、穴の周囲に戻った。
「ふふふ。焼きザリガニにしてあげる……!」
「ホワイト……なんか吸血衝動が分離して形を成したあの人みたいになってないかおい?」
小声で言ってみるが、誰もリアクションしてはくれなかった。
「炎の魔源よ。我が力となりて、彼の物を焼き払え!」
呪文詠唱らしき言葉を紡ぎながら、ホワイトは手で中空に六芒星を描いた。そしてその彼女の手の軌跡は赤い光を放ち始める。
「燃え尽きろ! ムイレフ!!」
その言葉と同時に右拳を握り締める。すると六芒星の形が球体へと変化。それを確認したホワイトは、握り締めた拳を振り上げ ものすごい勢い ーー まるで拳の先にあるなにかを殴り壊すような勢い ーー で振り下ろした。
凄まじい速度と轟音を伴って、僅か2mほど下にいるザリガニに火の玉は猛進する。
それに激突した火の玉は、当然のように爆音を上げて火柱に変化する。しかしその火柱は地上に吹き上げるほどではなかった。
最も2mを超える火柱なんぞ、一つの物体を燃やした程度で上がるのなら、それはいったい相手がどれだけ燃える物体なんだと言うことになるが。
「あっけないわね」
溜息交じりのホワイトに、「そうね」と姫様も同意する。
「とてもそうは見えんかったがなぁ……」
「「なんか言った?」」
「い、いや 別に……」
二人の迫力に、そう答えるしかできない佼だった。
「大分時間食ったわね。オーディー、まだ間に合いそうかしら?」
「ええ。まだ問題なく」
「っしゃ! んじゃ行くわよ!」
「了解〜」
「「なんだかなぁ……」」
怒りを発散してスッキリした二人と佼は、オーディーを再びナビに一本道を進む。勿論火柱は放置プレイ。
あれから二時間ばかり歩いた。そして一行は、第一目的地点であるところのアレカナに到着。時間は予定より早く、まだ日は高い。
「思ったより早かったな」
「せやな。姫様とホワイトはんの足取りが軽かったんで、わいもついつい足が速くなってもーたんですわ」
「なるほどな」
お昼時と言うことで、どこもかしこもにぎやかである。
「おなかすいたわね〜」
「そうね。あそこでいったい何発拳を打ち込んだことか」
「プラス二時間歩き通しだったからな」
「ねえ? あそこなんかよさそうじゃない?」
ホワイトの示したところは、「麺月堂」と言う店。とりあえず外から見たところでは、特に待ってる人もいなそうだったので、一同はこの店で昼食を取ることにした。
「いらっしゃいませ〜」
元気な女の子の声に出迎えられる、おそらく看板娘だろう。
「四名様、あいてますよ」
ちょうどよくカウンター席が四人分、並んで開いている。この店は客席がカウンターとテーブル席になっていて、ざっと見たところ全部で3から40人ほどが入れる程度の広さをしている。
他に店員はおらず、看板娘はウエイトレスを兼務しているようだった。
「店員さんって、あなただけなの?」
水を自分らの前においてもらっている時に、ホワイトは尋ねて見た。
「そうですよ。お父さんと二人でやってます」
「大変じゃない?」
「そうですね、でも 大丈夫です」
笑顔で答える看板娘に、ホワイトは「そっか」と笑みを帰す。
「え〜っと、俺は……」
メニュー表をおいてもらったので、佼はそれを眺めつつ食す物を考えている。
「じゃあ俺はしょうゆラーメンにしよっと」
「んじゃああたしは炒飯。うさぎは?」
「そうだなあ、わたしも佼と同じにするわ。オーディーは?」
「わいは人のたべもんはくわれへんですよ」
「ああそうだったわね、ごめんごめん」
三人の頼んだ物で、この店がどんな店かは理解できよう。
「えっと。しょうゆラーメン二つに炒飯一つですね」
「うん」
ホワイトの返事に頷き返し、看板娘はカウンター内に注文を伝えた。すると「あいよ!」と言う、いかにもいたまえな声が返って来る、おそらくは彼女の父親の物だろう。
「ふ〜うまかったぜ」
「なかなかだったわね」
「おいしかった〜」
「ありがとうございます」
三人の感想に満面の笑みを返す看板娘。
「全部で銅貨8枚になります」
この世界の通貨は、金銀動貨になっていて、各30枚でランクアップする。つまり銅貨30枚で銀貨、銀貨30枚で金貨と言うことだ。
それぞれ御代を座っていた席に置き、それを看板娘が回収し 彼女は一次カウンター内へと引っ込んで行った。
「少し食休みしますか」
言ったホワイトに答えるように、看板娘が戻って来た。
「それでしたら、わたしと軽く腹ごなししませんか?」
「腹ごなし?」
「はい、任意でですけど 軽く食後の運動をしようって言うのが、うちの方針なんですよ」
「食後の運動?」
「はい。わたしと軽く戦っていただくんです」
「それが、食後の運動……ね?」
ホワイトは不思議そうな表情で言い、姫様は看板娘に尋ねる。
くそ、気になるじゃねえか
波動をさけるため本を手放す