學生俥屋の歴史的経緯について、學生俥屋・弐代目頭領の池田誠之さんから貴重なお話が届きました。
下記の文は池田さんからのメールをそのまま、使わせていただきました。
サークル発足当時は、サークル名は早稲田大学時代屋と明治大学時代屋でした。 (名前だけ二本で活動は一緒にしていた)
1代目の幹部は、1大学1時代屋を標榜し、活動を広げて行こうとしていました。 頭領も大学ごとに2人いました。
そして、社会人時代屋(社会人頭領は、今浅草で営業している藤原さん(同志社大学 人力車友の会だったかな?OB、ちょっとサークル正式名称は忘れた))と一緒に活 動していました。
また、人力車自体は藤原さんが所有しており(よく、横浜市内の藤原さんの会社の寮 に人力を取りに行ったものです)、学生は藤原さんから借りて自主活動をするか、社 会人と合同で活動するかでした。
組織的には、大きな時代屋があって、その下に学生時代屋があって、社会人時代屋も あるといったものでした。 そして、心得は、だれが起草したかは知りませんが、時代屋で定めていたものな のです。
その後、学生時代屋は、社会人時代屋とは会の方向性が異なることが決定的になり、 時代屋からは袂を分かち、その際、名称も会員全員で議論して学生車屋と改め、自前 の人力車を購入し、今日に至っています。
また、会の歴史的経緯については、知っている限りお話ししようと思います。
以上、「俥心」からそのまま使わせていただきました。
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