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 子どもの遊具へ 消防の道具へ 
 北国の道具へ アイヌの道具へ 農具へ ニシン漁の道具へ     
 
千両箱重さ体験
千両箱と千両箱の重さ体験

…江戸時代の千両箱の一つです。一両小判を1000枚入れると,約20kgになるそうです。博物館には,千両箱の重さを体験できるものも用意されています。江戸東京博物館にて2003.3.15
千両箱
 
昔の看板(扇子屋と飴屋)
江戸時代の看板(扇子屋と飴屋)

…江戸時代の看板には,一目で店の品物がわかる看板がたくさんあります。写真は,扇子屋と飴屋の看板です。飴屋の形は,水飴でしょうか?江戸東京博物館にて2003.03.15
 
人力車
人力車


…日本では,明治・大正・昭和初期に移動手段として活躍しました。北海道開拓の村にて2010.6.18
 
がんどう
がん灯


…昔の照明器具です。この「がん灯」はブリキでできています。中にろうそくを入れ,鉄の輪が回転して上下左右動くようになっているので,中のろうそくは倒れません。用途は今の懐中電灯に似ています。暗い道を歩くときに,がん灯で照らしながら歩きます。北海道開拓の村にて2004.6.6

(ベースボールマガジン社「ビジュアル忍者辞典」忍者の仕事2011年発刊に写真掲載)
 
船用のがん灯
船用のがん灯


…船で使用された照明器具の「がん灯」です。中にはランプが入っています。このがん灯は,ニシン漁の際に,沖泊りの船(海の沖合いで泊まり,翌日も連続操業すること)で使用されました。
旧余市福原漁場にて2007.11.6
 
和磁石
和磁石


…北前船で使用された方位磁針「和磁石」です。江戸時代から明治時代に使用された北前船は,航海中に和磁石を使って方角を確かめました。
写真の和磁石は,北を「子」(ね),南を「午」(うし),北東を「丑寅」(うしとら)というように,十二支を使って方位を示しています。江差町郷土資料館2009.11.1
 
DDT噴霧器
DDT噴霧器


…「DDT」は,戦後,衛生状態の悪化からシラミやノミが大量に発生したために使われた薬剤です。戦後の写真を見ると子どもの頭などにDDTの白い粉をかけているものがあります。DDTは,その後も広範囲に使用されたそうですが,環境汚染の原因や人畜に対する体内蓄積などの問題から,使用禁止になっていきました。江戸東京博物館にて2003.3.15
 
スピーカー付き真空管式受信機
スピーカー付き真空管式受信機


ラジオ放送を家族で聞いている昔の写真に出てくる「スピーカー付き真空管式受信機」です。今のラジオから考えると信じられないくらいの大きさです。江戸東京博物館にて2003.3.15
 
ラジオ聴取料金 領収書
ラジオ聴取料 領収書


…1925(大正14)年に日本で初めて放送業務を開始した「東京放送局」と「日本放送協会」が表示されています。※「日本放送協会」=現在のNHK
この領収書は,1926(大正15)年のラジオ聴取料金のものなので,かなり初期のものということになります。持ち主は,余市で鰊漁で栄えた網元。旧余市福原漁場にて2007.11.6
 
角火鉢・鉄瓶・五徳…
角火鉢・鉄瓶・五徳…

…火鉢関係の品々です。角火鉢は「江戸火鉢」という形のものです。小樽市博物館にて2004.10.23
 
火鉢
火鉢


…火鉢は,灰の中に炭火を入れ,手を暖めたりします。写真の火鉢は,函館の金森洋物店が開業した頃,店先においてあったもので屋号の銘があります。函館市郷土資料館にて2008.6.12
 
煙草(たばこ)盆
煙草(たばこ)盆


…「煙草(たばこ)盆」は,刻みたばこを吸うための道具です。キセルなどでたばこを吸う人の必需品でした。商店では接客用として,店先にも置かれました。函館市郷土資料館にて2008.6.12
 
火打ち石と火打ち金
火打ち石と火打ち金


…時代劇によく出てくる火打ち石と火打ち金(ひうちがね)です。火打ち金は,火打ち鎌ともよばれます。石を金の部分に打ち付け火花を出します。火を付ける道具の他に「厄除け・縁起担ぎ」(切り火)としても使用されました。
レプリカも商品として販売しているようです。2011.1現在 江戸東京博物館にて2009.7.3
 
お菓子の金型
お菓子の金型


…大正から昭和にかけて使用されたお菓子屋さんの作業場を再現したものです。写真の金型は,「せんべい」に使用されたものだと思います。壁にも数種類の金型がかけられています。
北海道開拓の村(旧大石三省堂支店)にて2010.6.18
 
ガラスの浮き球
ガラスの浮き球

…小樽は,ガラスの町で知られていますが,元は漁で使う「ガラスの浮き球」製作からはじまったそうです。写真の浮き球は,直径30pぐらいのものです。小樽鰊御殿にて2002.9.14
 
アイスクリーム製造機
アイスクリーム製造機


…明治か大正期のアイスクリーム製造機です。作り方は内側の筒の中にアイスクリームの原料を入れて内側の筒と外側の樽の間に氷を入れグルグルと内側の筒を回すとアイスクリームができる仕組みです。函館市郷土資料館にて2008.6.12
 
醤油樽
醤油樽


…学校の社会科見学で見つけました。醤油の運搬に使用した樽です。杉などの木材を使用しています。千歳キッコーマン工場2013.6.19
  
昔の電話
昔の電話


…昔の壁付け式電話。電話機をはずすと自動的に交換手につながり,番号を告げる方式だそうです。
旧余市福原漁場にて2004.11.14
 
ボックス型 自働電話(複製)
ボックス型 自働電話
(複製)


…1900(明治33)年にボックス型「自働電話」が東京に登場しました。(=最初の屋外型電話ボックスで,六角錐形)
「自働電話」は,アメリカで使われていた「オートマチック・テレホン」を直訳したものです。初の市内通話料は,1通話(5分間)15銭ときめられました。写真は,当時のものを再現した複製です。
江戸東京博物館にて2009.7.31
 
黒電話
黒電話


…写真の黒電話は「600形電話機(卓上型)」と呼ばれている型です。送話部分は,カールコードです。どこでも見かけた電話ですが,すっかり見なくなりました。黒電話の鳴動音は,携帯電話の着信音としても使われています。小樽市立若竹小学校にて2012.3.12
 
黒ポスト(複製)
黒ポスト
(複製)


…創業時の郵便ポストの「書状集箱」に代わって,1872(明治5)に角柱型の新しいポストが設置されました。黒ポスト(=黒塗柱箱)は,杉板を四角い柱のように組み合わせ,黒ペンキが塗られています。
(参考:逓信総合博物館Web)
写真は,江戸東京博物館にある当時の黒ポストを再現した複製です。2009.7.31
 
電話交換機
電話交換機
(北海道松前町)


…電話の加入台数の少ない頃は,電話回線を手作業でつないでいました。
松前郷土記念館にて。2001.6
(関連:歴史近代・現代 昔の電話交換手)
 
熊よけラッパ
熊よけラッパ


…昭和40年代まで,北海道の郵便配達人が,一般的に使用していたタイプのものです。官給品として配られていました。豆腐屋ラッパと同じ形だそうです。北海道庁旧本庁舎資料館にて2002.5.4
 
囲炉裏
囲炉裏(いろり)と自在鈎(じざいかぎ)

…囲炉裏・鉄瓶・自在鈎です。北海道のニシン漁場建築で使われたものです。
※拡大写真を2枚に変更しました。小樽鰊御殿にて2002.9.14
/余市福原漁場2007.11.6
 
列車の冷水器
列車の冷水器


…列車の洗面所にあった冷水器。自動販売機なんか列車になくて,機械の横から折り畳んだ紙コップを取り出して,水を飲んだものです。小樽市総合博物館にて2002.8.26
 
列車の扇風機
列車の扇風機


…列車の客室で,昔よく見かけた扇風機。今は,クーラーなので,懐かしい。(拡大写真には,スイッチの写真もあります。)小樽市総合博物館にて2002.8.26
 
扇風機
扇風機


手で回す形の物は,江戸時代からあり,1893(明治26)年に日本ではじめて扇風機が発売され,
国産品は翌年に発売されました。扇風機が量産されたのは,大正時代に入ってからです。持ち主は,余市で鰊漁で栄えた網元。旧余市福原漁場にて2007.11.6
 
ポータブル・レコードプレイヤー
ポータブル・レコードプレイヤー

…ポータブル・レコードプレイヤーは,今でもたくさんの商品が販売されています。
倶知安町風土館にて20108.2
 
牛乳の栓抜き
牛乳の栓抜き


…牛乳のふたをはずす道具です。正式な名称は何というのでしょうか?牛乳瓶からテトラパックになって,すっかり見かけなくなりました。子どもたちに「何をする道具だと思う?」の質問に,どんな答えが返ってくるでしょうか?2012.5.18
 
ボンネットバス
ボンネットバス

…バスの前が出ているボンネットバス。国鉄で使われていたのか,ツバメのマークが車体に付いています。小樽市総合博物館にて2002.8.26
 
大八車
大八車


…昔のものを運ぶ道具です。写真の大八車には俵がのっています。「第八」は,「代八」からきた言葉で,8人分の仕事をするという意味だそうです。
※拡大写真を2枚に変更しました。江戸東京博物館2003.3.15/北海道開拓の村2004.6.6
 
リヤカー
リアカー


…後部=Rearの車=カーです。「リヤカー」とも呼ばれます。昔の道具でもあり,今なお各地・各場所で活躍している道具です。日本の道路交通法上では,軽車両となります。北海道開拓の村2011.9.24
 
交通標識
交通標識


…信号が無い時代の交通標識です。「進め」という文字で,表示しています。交通標識の後の車は,T型フォードです。江戸東京博物館にて2003.3.15
 
炭焼き小屋
炭焼き小屋

…北海道で使われていた炭焼き小屋。北海道開拓の村にて2000.4.23
 
和菓子の型
和菓子の型


…和菓子を大量に作るときに使う木の型です。苫小牧博物館にて 2003.9.17
 
昔のアイロン
昔のアイロン


…中に炭を入れて使用した昔のアイロン。苫小牧博物館にて 2003.9.17
 
竿秤
竿秤(さおばかり)
新着情報

…重さを量る道具です。分銅を動かして調整します。
昔の道具の体験コーナーにあって実際に使ってみました。北海道開拓記念館にて2013.10.16
 
一升升
一升升(いっしょうます)


…江戸時代の単位「尺貫法」で,「升(しよう)」は,容積の単位です。
一石=十斗=百升=約180リットル 一斗=十升=約18リットル
一升=十合=百勺(しゃく)=約1.8リットル(正確には1.8039リットル)
となります。江戸東京博物館にて 2003.3.15
 
御湯殿(おゆどの)
御湯殿(おゆどの)


…福井藩主 松平家の別邸「御泉水屋敷(現:養浩館)」に復元された江戸時代の「御湯殿」です。
このお風呂は,いわゆる蒸気により体を蒸らす蒸し風呂です。福井市「養浩館」にて2007.1.20
 
えじこ
嬰児籃(えじこ)

…「えじこ」とは,農作業時の忙しいときなどに,赤ん坊を入れておいたわらでできたかごのことです。ところによっては,「いづめ」とも呼ばれました。北海道開拓の村にて2004.6.6
 
叺(かます)
叺(かます)


…「かます」 は,わらで編んだむしろを二つ折りにして作った両端を縫った袋です。
主に米などの穀物・石炭などを入れるのに使われました。帯広百年記念館にて2008.9.15
 
俵
俵(たわら)


…蔵の中で,俵がたくさんで積んである写真です。俵は,米を入れたり,海産物を入れたりと用途の広い収納わら具です。北海道開拓の村にて2013.10.14
 
明治の台所
明治の台所

…明治40年頃,北海道喜茂別町にあった駅停所の台所を復元したもの。木製の流し,羽釜,水瓶…。
北海道開拓の村にて2004.6.6
 
こおり(行李)
行李(こおり)


…こおり(行李)は,もともと旅行用の荷物入れに使われた道具です。衣類を収納するのにも使われました。材料は,竹・柳・籐などです。共和町かかし古里館にて2005.8.19
 
かまど
かまど

…料理を作るのに,昔から使われていたのが「かまど」です。上に鍋や釜をかけ,下から薪で火を燃やして,調理をします。北海道開拓の村にて※拡大写真を3枚に変更しました。
2004.6.6/2010.6.18/2011.9.18
 
木桶風呂
木桶風呂


…小判型(楕円形)の木桶風呂です。めったに見なくなったのですが,しっかり販売されています。煙突のついた「鉄砲」と呼ばれる釜が付いています。それで「鉄砲風呂」とも呼ばれています。
北海道開拓の村にて2004.6.6
 
洗濯板とタライ
洗濯板とタライ

…洗濯板とは,板の表面を波状にしているものです。調べてみたら,インターネットでも販売されていました。2004.6.6北海道開拓の村にて(関連:3種の神器洗濯機)
 
ちゃぶだい(卓袱台)
卓袱台(ちゃぶだい)

…卓袱台は,折りたたみのできる木製の食卓のことで,写真のように円形のもや四角形のものもあります。使用され始めたのは,明治の中期頃ということです。共和町かかし古里館にて2005.8.19
 
繭玉
繭玉(まゆだま)


…絹糸の原料。蚕のまゆ。北海道開拓の村にて
 
繭(まゆ)の糸繰り
繭(まゆ)の糸繰り


…繭玉を煮て,糸を引き出して糸を巻き付ける枠(糸枠)に紡ぐ前の写真です。
糸口を探しているのは,ワラで作った「実子箒(みごぼうき)」です。繭をなでるようにして糸口を見つけます。糸繰りの実演をしている時に撮影しました。北海道開拓の村にて2011.9.24
 
金属活字
金属活字


…新聞社で使われていたもの。北海道開拓の村にて
 
薬研(やげん)
薬研(やげん)


…漢方薬などをつくる時に薬剤を細かくする道具です。薬剤の他,調味料や火薬なども粉末にするためにも使われました。薬研は鉄製が一般的ですが,石製や木製のものもあります。
北海道開拓の村2010.6.18
 
「塩」看板
「塩」看板
(北海道倶知安町)


…戦後は塩やタバコなどは専売制度でした。塩の専売店を示すホーロー看板です。
※塩の専売は「塩専売法」という法律で決められていました。
塩の専売は「大蔵省専売局」から「日本専売公社」へ,1985(昭和60)年の民営化によって「日本たばこ産業(JT)」となり,1997(平成9)年に塩専売制度は廃止されました。 倶知安町風土館にて2010.8.12
 
「たばこ」看板
「たばこ」看板


…専売公社時代の認可販売店に付けられた「たばこの看板」です。北海道開拓の村にて2011.9.24
 
幌内炭鉱汽船株式会社の袋
幌内炭鉱汽船株式会社の袋


…「幌内炭鉱」は,1879(明治12)に開坑し,その後石炭を運ぶために幌内鉄道が開通しました。明治の開拓使時代から太平洋戦争後の復興期まで採掘した道内有数の炭鉱でした。江別市郷土資料館にて2011.7.24
 
拘束具 鉄丸
拘束具 鉄丸
(レプリカ)


…明治政府は,樺戸集治監や空知集治監をつくり,北海道の原野開拓のため集めた囚人に,重労働の労役を課しました。囚人たちが逃亡して捕まると写真の「鉄丸」という拘束具を足に付けられました。
※鉄丸は,約600匁〜1貫目の重さ(約2.25kg〜3.75kg)
囚人たちの厳しい労働や死を賭して脱走を試みる様子は,吉村昭の「赤い人」(講談社文庫)に描かれています。三笠市立博物館にて2006.8.12
 
子どもの遊具
  
紙めんこ
紙めんこ


…「めんこ」の語源は「小さな面(=面子)」だそうです写真の紙めんこは,ダンボール製です。役者や武将(武者)が図柄になっています。江差町郷土資料館2009.11.1
 
ペダルカー
ペダルカー


…昭和10年代の写真。自転車に乗っている父は,足が届かないのでフレームに座布団を乗せて乗車。
ペダルカーに乗っているのは,私の叔父。ペダルカーの国産は,大正時代に始まったとのこと。
 
消防の道具
 
火消しの纏(まとい)
火消しの纏(まとい)


…纏(まとい)は,火消し組のシンボルです。様々な纏の下には,吹き流しがついています。写真の纏は,各町内の消防団で使われたものです。共和町ふるさとかかし館にて2005.8.19
 
刺又(さすまた)
刺又(さすまた)


…写真の刺又(さすまた)は,相手の動きを封じ込める江戸時代の道具です。町火消しが延焼中の家屋を引き倒しす消火道具としても使用され,現在では,消防署の地図記号に使用されています。
写真は,松前藩屋敷の復元「自身番小屋」内で三道具で展示されているものです。2009.9.22
 
半鐘
半鐘(はんしょう)


…半鐘纏(はんしょう)は,火事などの災害の時に鳴らして,住民に危険を知らせた道具です。鐘の鳴らし方によって,災害の種類などがわかるように決められていました。
共和町ふるさとかかし館にて2005.8.19
 
消防用ポンプ
消防ポンプ


…農村地区の消防組織にあった消防ポンプです。ポンプの台車の上には,サイレンものせてありました。北海道開拓の村にて2011.9.24
 
消防番屋
消防番屋

…「番屋」は,消防や自警団の役割をしていた詰め所のことです。消防団の詰め所が「消防番屋」。昔ながらの火災を見張る望楼(ぼうろう)がある写真の番屋は,盛岡消防団第五分団の番屋として使用されているものです。大正期の木造洋風事務所建築です。巧君が修学旅行先で撮ってきてくれました。拡大写真は,3枚あります。盛岡市紺谷町2008.6.8
 
防火用水桶
防火用水桶


江戸時代に各場所に防火用水として設置されていた用水桶です。松前町松前藩屋敷にて2009.9.22
 
北国道具
 
五稜郭氷道具
函館の五稜郭氷


函館五稜郭の堀には,厚い氷が張ります。この氷は良質と評判で,京浜地方に運ばれ,食料保存や医療用に使用されました。写真は,1877年の「大日本物産図会 北海道函館氷輸出図」(複製)と函館氷に使った道具です。道庁赤レンガギャラリー&函館博物館にて2006.5.4&2003.8.6
大日本物産図会 北海道函館氷輸出図(複製)
 
人力そり
人力そり


…北海道で冬に使われていたことのある「人力そり」。小樽旧鉄道記念館にて2002.8.26
 
雪下駄
雪下駄


…雪国独特の防寒用下駄。今は見なくなったなぁ〜。共和町かかし古里館にて2005.8.19
 
豆炭あんか
豆炭あんか

…小さいときにお世話になりました。「豆炭」は,石炭や木炭などの粉末をまぜ,粘着剤で固めて乾燥したものです。火であぶって着火した後,ケースに入れてふとんの中に入れます。朝までポカポカ暖かかった。道庁赤レンガギャラリーにて2006.5.4
 
電気あんか
電気あんか


…昭和30年代の「電気あんか」です。「豆炭あんか」に比べて簡単に暖かい。もちろん改良された電気あんかは,今でも販売しています。道庁樺太関係資料館にて2006.5.4
 
陶器製湯たんぽ
陶器製の湯たんぽ


…「湯たんぽ」は北国でなくても使っていると思いますが,昭和初期の陶器製の湯たんぽです。陶器製の湯たんぽは江戸時代からあったそうです。インターネットで調べてみると,金属製よりも人肌に優しいと言うことで,今でも販売していました。道庁樺太関係資料館にて2006.5.4
 
「竹製湯たんぽ」と「湯たんぽの代用石」
「竹製湯たんぽ」と「湯たんぽの代用石」


…採暖道具の「湯たんぽ」にもさまざまな種類がありました。「竹製湯たんぽ」と「湯たんぽの代わりに使った石」です。厳しい北国の寒さを昔の人は,さまざまな工夫で乗り切ったんですね。帯広百年記念館にて2008.9.15
 
達磨型薪ストーブ
達磨(だるま)型薪ストーブ


…薪ストーブは,現在も販売されています。最近は,薪の代わりに,ペーパーログ(紙薪)を使っているものもあります。熱効率は良いのですが,耐久性は鋳物製のものが優れています。
北海道開拓の村にて2004.6.6
販売している写真は,道東で見つけました。北海道本別町にて2008.9.15

達磨(ダルマ)型薪ストーブの販売
 
貯炭式ストーブ
貯炭式ストーブ


…貯炭式ストーブは,大正時代から作られた燃料の石炭をストーブの胴体部分に貯めておく形のストーブです。長時間,石炭をつぎ足さなくてもよい利点があります。
写真のストーブには,鍋置き皿やお湯を沸かす容器も付いています。また,デレッキ(火かき棒)やタイルを敷きつめたストーブ台も懐かしい。道庁赤レンガギャラリーにて2006.5.4
 
地球型ストーブ
地球型ストーブ


…通称「タコストーブ」ともよばれました。石炭ストーブで列車の暖房器具として明治30年代から使用されました。脚部の穴は,列車に固定するためです。丸い形は乗客が持ち込んだ魚や餅などを焼いて,臭いや煙で車内が汚れるのを防ぐためだったといいます。(上部はやや平らになっていますが…)北海道開拓の村にて2010.6.18
 
下駄スケート
下駄スケート(1)

…下駄スケートは,アメリカから本格的なスケートが移入された後,それをまねて下駄に,鉄製のブレードをつけたものです。苫小牧博物館にて2003.9.17
 
下駄スケート2
下駄スケート(2)


…竹製のブレードと鉄製のブレードをつけた下駄スケート。スケートが盛んな帯広市で見つけました。帯広百年記念館にて2008.9.15
 
竹スキー
竹スキー

…調べてみると全国には,いろいろな形の竹スキーがあるようです。写真の竹スキーは,太い竹を割って先端を火であぶり曲げたもので靴の底につけて遊びました。スケートのような長さです。店先で売っている様子を再現した展示です。北海道開拓の村にて2011.9.245
 
スキー場
スキー場


…昭和10年代のスキー場(?)の風景。竹製のストック,木でできたスキー。スキー場なのに蝶ネクタイ姿は,私の祖父です。
 
ストー
ストー
(レプリカ)


…スキーの原型と言われている「ストー」です。板の裏には,アザラシの皮を張り付け,登るときには,斜面で滑らない工夫がされています。1808年の間宮林蔵の樺太探検の際には,原住民の「ストー」を利用したことが著書「北蝦夷図説」に書かれています。天狗山スキー記念館にて2006.7.24
 
かんじき 商店の販売風景
かんじき


…雪の上を歩くための道具。この上に靴をひもで固定して使います。

※拡大写真を2枚に変更しました。釧路市博物館にて2002.8.11/北海道開拓の村2011.9.24
 
わら靴
わら靴


…「わら靴」「ながわら靴」…,各地でさまざまな呼び名があるようです。北国の雪の上を歩くための道具。今も,実用で販売しているものあるようです。北海道開拓の村にて2010.6.18
 
馬用のかんじき
馬用のかんじき


…馬が雪の上を歩くための道具。馬の足にひもで固定します。共和町ふるさとかかし館にて2005.8.19
 
氷上蹄鉄
氷上蹄鉄(冬鉄)


…馬が凍った雪(氷上)の上を歩くための道具。氷上に突き刺さるため鋭いつめが付いています。
冬用の蹄鉄は現在も使われている道具です。共和町ふるさとかかし館にて2005.8.19
 
アイヌ道具
 
鮭皮靴
鮭の皮でできた靴

鮭皮靴は,アイヌ語で「チェブケリ」だそうです。ひもの部分は,シナノキの樹皮でできています。
※拡大写真を2枚に変更しました。
サッポロピリカコタン(札幌市アイヌ文化交流センター)2004.9.29/釧路市立博物館2013.8.11
 
オヒョウの樹皮
樹皮でできたアイヌの着物


…アイヌのアツシ織りの着物「アット゜ シチニンニヌプ」です。この着物は,袖にたもとがなく,前のあわせも無いのが特徴です。素材は,オヒョウの木の樹皮を織り込んで作ったものです。オヒョウは,ニレ科の植物で,樹皮でアツシという布を織るので別名がアツシノキ。
サッポロピリカコタン(札幌市アイヌ文化交流センター)にて2004.9.2
アイヌのアツシ織り着物
 
アイヌ住居内部(復元)
アイヌ住居内部
(復元)


…アイヌの住居はチセ(チャシ)といいます。写真は,復元された住居内部です。部屋の奥には,アイヌの宝物が飾られています。室内の炉の周囲は,家族の座る場所が決まっています。天井には,保存食のサケがぶら下げられています。北海道開拓記念館にて2010.6.18
 
アイヌの丸木舟(チプ)
アイヌの丸木船(チプ)
(復元)


丸太をくりぬいてつくった船はチプといいます。写真は,白老町にある「白老ポロトコタン」の湖で撮影しました。アイヌ民族博物館にて2013.6.19
  
農具
 
足踏み式水車
足踏み式水車


…昔の農業の絵や写真に出てくる足踏み式水車です。水車の横の棒につかまり,足下の水車を回し,田に水をくみ入れます。江戸東京博物館にて2003.3.15
 
なげつるべ
なげつるべ


…昔のかんがい農具。2人で水に投げ込み,農業用水を汲み上げたために使った道具。山形県立博物館にて2006.8.1
 
千歯こき
千把扱(せんばこ)き


…必ず教科書に出てくる脱穀農具。
 
千石通し
千石通し(せんごくどおし)


…上部から米を落として糠を落としたり,穀粒をふるい分けたりする農具。
  
唐み
唐箕(とうみ)


…収穫した穀物を脱穀した後,籾殻や藁屑等を風力によってもみと選別する機械式の農具です。
キッコーマン千歳工場2013.6.19
箕(み)
箕(み)


…「箕」は脱穀をした際に,不要物を選別するために使われた農具です。北海道開拓の村2013.10.14
 
どんころ
どんころ


…「どんころ」 は,ムシロに広げた豆類を脱穀する農具です。この丸太のローラーを馬にひかせて使用します。豆の上を転がした時の音が,「ドンコロ,ドンコロ」だったのでこの名前になったようです。帯広百年記念館にて2008.9.15
 
田下駄
田下駄

…湿地や水田の農作業等に使われる履き物を田下駄(たげた)といいました。写真の田下駄は,苗代の土を平らにするのに使用されたものです。山形県立博物館2006.8.1
 
牛乳缶
牛乳缶


…昔は,乳牛から搾乳した牛乳を,この牛乳缶で輸送していました。
いまでも,時々,酪農家の片隅で写真と同じ形の牛乳缶を見かけることがあります。
コンビニ「ローソン」のマークには,「牛乳缶」が使われています。
帯広百年記念館にて2008.9.15
 
サイロの建設
サイロの建設


…サイロは穀物や飼料等の貯蔵庫です。写真は,1930年代に北海道黒松内町でつくられた家畜の飼料を入れる塔形サイロの建設風景です。
塔型サイロの替わりに現在では,牧草の保存用としてラップフィルムを用いたロールベールが広く普及しています。内山先生から写真を提供していただきました。2010.1.17
   
ニシン漁の道具
 
モッコ 小樽祝津青山家
モッコ


…「モッコ」は,農作業や土運びなどで背中にしょって荷物を運ぶ道具です。写真のモッコは,ニシンを浜に担ぎ上げるための背負い箱です。当時のニシン漁では,およそ20Kgのニシンを入れたモッコを何回運んだかで給金が決まりました。写真の「山十」は,小樽市でかつてニシン漁で栄えた青山家のモッコ。小樽市博物館2004.10.23/北海道開拓の村2013.10.14
 
番棒
番棒(=万棒)


…物資を運搬するときに運搬人に1枚ずつ渡して,後でその枚数から運ばれたものの総数を知るのに使われた計算具です。ニシン漁場では、主にニシン粕,身欠きニシンなどの梱包した製品を船積みするときに利用されました。(参考資料:「北海道開拓記念館 総合案内」北海道開拓の村2013.10.14
 
ニシン釜
ニシン釜


…大量に水揚げされたニシンを茹でる(炊く)のに使われた大きな鉄製の釜です。
ゆでたニシンは圧搾機で魚油とニシンかすに分けられ,ニシンかすは肥料としました。
旧余市福原漁場2004.11.14/旧北海道庁赤レンガ資料館2013.3.5