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千両箱と千両箱の重さ体験 …江戸時代の千両箱の一つです。一両小判を1000枚入れると,約20kgになるそうです。 博物館には,千両箱の重さを体験できるものも用意されています。江戸東京博物館にて2003.3.15 |
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江戸時代の看板(扇子屋と飴屋) …江戸時代の看板には,一目で店の品物がわかる看板がたくさんあります。 写真は,扇子屋と飴屋の看板です。飴屋の形は,水飴でしょうか?江戸東京博物館にて2003.03.15 |
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江戸時代の繭型分銅(複製) …江戸時代,両替商の天秤に使用された蚕(カイコ)の繭型の分銅(複製)です。 重さは約750gあり,弐拾(20)両と刻印されています。 江戸東京博物館でペパーウェイトの土産として売っていました。2003.03.15 |
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火消しの纏(まとい) …纏(まとい)は,火消し組のシンボルです。様々な纏の下には,吹き流しがついています。 写真の纏は,各町内の消防団で使われたものです。共和町ふるさとかかし館にて2005.8.19 |
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半鐘(はんしょう) …半鐘纏(はんしょう)は,火事などの災害の時に鳴らして,住民に危険を知らせた道具です。 鐘の鳴らし方によって,災害の種類などがわかるように決められていました。 共和町ふるさとかかし館にて2005.8.19 |
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がん灯 …昔の照明器具です。この「がん灯」はブリキでできています。 中にろうそくを入れ,鉄の輪が回転して上下左右動くようになっているので,中のろうそくは倒れません。 用途は今の懐中電灯に似ています。暗い道を歩くときに,がん灯で照らしながら歩きます。 北海道開拓の村にて2004.6.6 |
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船用のがん灯 …船で使用された照明器具の「がん灯」です。中にはランプが入っています。 このがん灯は,鰊漁の際に,沖泊りの船(海の沖合いで泊まり,翌日も連続操業すること)で使用されました。 旧余市福原漁場にて2007.11.6 |
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DDT噴霧器 …「DDT」は,戦後,衛生状態の悪化からシラミやノミが大量に発生したために使われた薬剤です。 戦後の写真を見ると子どもの頭などにDDTの白い粉をかけているものがあります。 DDTは,その後も広範囲に使用されたそうですが,環境汚染の原因や人畜に対する体内蓄積などの問題から,使用禁止になっていきました。江戸東京博物館にて2003.3.15 |
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スピーカー付き真空管式受信機 …ラジオ放送を家族で聞いている昔の写真に出てくる「スピーカー付き真空管式受信機」です。 今のラジオから考えると信じられないくらいの大きさです。江戸東京博物館にて 2003.3.15 |
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ラジオ聴取料 領収書機 …1925(大正14)年に日本で初めて放送業務を開始した「東京放送局」と,「日本放送協会」が表示されています。 ※「日本放送協会」=現在のNHK この領収書は,1926(大正15)年のラジオ聴取料金のものなので,かなり初期のものということになります。 持ち主は,余市で鰊漁で栄えた網元。 旧余市福原漁場にて2007.11.6 |
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角火鉢・鉄瓶・五徳… …火鉢関係の品々です。角火鉢は「江戸火鉢」という形のものです。小樽博物館にて2004.10.23 |
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ガラスの浮き球 …小樽は,ガラスの町で知られていますが,元は漁で使う「ガラスの浮き球」製作からはじまったそうです。 今は,海に浮かんでいるのをめったに見ることはできません。 写真の浮き球は,直径30pぐらいのものです。小樽鰊御殿にて2002.9.14 |
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アイスクリーム製造機 …明治か大正期のアイスクリーム製造機です。 作り方は内側の筒の中にアイスクリームの原料を入れて内側の筒と外側の樽の間に氷を入れグルグルと内側の筒を回すとアイスクリームができる仕組みです。 函館市郷土資料館にて2008.6.12 |
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昔の電話 … 昔の壁付け式電話。電話機をはずすと自動的に交換手につながり,番号を告げる方式だそうです。 旧余市福原漁場にて2004.11.14 |
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モッコ … 「モッコ」は,農作業や土運びなどで背中にしょって荷物を運ぶ道具です。 写真のモッコは,ニシンを浜に担ぎ上げるための背負い箱です。 当時のニシン漁では,およそ20Kgのニシンを入れたモッコを何回運んだかで給金が決まりました。 小樽市博物館にて2004.10.23 |
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| 俵(たわら) …蔵の中で,俵がたくさんで積んである写真です。 俵は,米を入れたり,海産物を入れたりと用途の広い収納わら具です。 北海道開拓の村にて |
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| 囲炉裏(いろり)と自在鈎(じざいかぎ) …囲炉裏・鉄瓶・自在鈎です。北海道の鰊漁場建築で使われたものです。小樽鰊御殿にて2002.9.14 |
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電話交換機(北海道松前町) …電話の加入台数の少ない頃は,電話回線を手作業でつないでいました。松前郷土記念館にて。2001.6 (関連:歴史近代・現代 昔の電話交換手) |
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列車の冷水器 …列車の洗面所にあった冷水器。 自動販売機なんか列車になくて,機械の横から折り畳んだ紙コップを取り出して,水を飲んだものです。 小樽鉄道記念館にて2002.8.26 |
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列車の扇風機 …列車の客室で,昔よく見かけた扇風機。今は,クーラーなので,懐かしい。 (拡大写真には,スイッチの写真もあります。)小樽鉄道記念館にて2002.8.26 |
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扇風機 …手で回す形の物は,江戸時代からあり,1893(明治26)年に日本ではじめて扇風機が発売され, 国産品は翌年に発売されました。 扇風機が量産されたのは,大正時代に入ってからです。 持ち主は,余市で鰊漁で栄えた網元。 旧余市福原漁場にて2007.11.6 |
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ボンネットバス …バスの前が出ているボンネットバス。 国鉄で使われていたのか,ツバメのマークが車体に付いています。小樽鉄道記念館にて2002.8.26 |
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大八車 …昔のものを運ぶ道具です。写真の大八車には俵がのっています。 「第八」は,「代八」からきた言葉で,8人分の仕事をするという意味だそうです。江戸東京博物館にて2003.3.15 |
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交通標識 …信号が無い時代の交通標識です。「進め」という文字で,表示しています。 交通標識の後の車は,T型フォードです。江戸東京博物館にて2003.3.15 |
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炭焼き小屋 …最近,TV「鉄腕DASH」で時々見かける「炭焼き小屋」です。 写真のものは,北海道で使われていた炭焼き小屋。北海道開拓の村にて2000.4.23 |
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和菓子の型 …和菓子を大量に作るときに使う木の型です。苫小牧博物館にて 2003.9.17 |
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昔のアイロン …中に炭を入れて使用した昔のアイロン。苫小牧博物館にて 2003.9.17 |
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熊よけラッパ …昭和40年代まで,北海道の郵便配達人が,一般的に使用していたタイプのものです。 官給品として配られていました。豆腐屋ラッパと同じ形だそうです。 北海道庁旧本庁舎資料館にて「2002.5.4 |
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| ペダルカー …昭和10年代の写真。自転車に乗っている父は,足が届かないのでフレームに座布団を乗せて乗車。 ペダルカーに乗っているのは,私の叔父。ペダルカーの国産は,大正時代に始まったとのこと。 きっと当時としては珍しい玩具だったことでしょう。 |
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一升升(いっしょうます) …江戸時代の単位「尺貫法」で,「升(しよう)」は,容積の単位です。 一石=十斗=百升=約180リットル 一斗=十升=約18リットル 一升=十合=百勺(しゃく)=約1.8リットル(正確には1.8039リットル) となります。江戸東京博物館にて 2003.3.15 |
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| 御湯殿(おゆどの) …福井藩主 松平家の別邸「御泉水屋敷(現:養浩館)」に復元された江戸時代の「御湯殿」です。 このお風呂は,いわゆる蒸気により体を蒸らす蒸し風呂です。 福井市「養浩館」にて2007.1.20 |
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| 嬰児籃(えじこ) …「えじこ」とは,農作業時の忙しいときなどに,赤ん坊を入れておいたわらでできたかごのことです。 ところによっては,「いづめ」とも呼ばれました。 北海道開拓の村にて2004.6.6 |
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明治の台所 …明治40年頃,北海道喜茂別町にあった駅停所の台所を復元したもの。 木製の流し,羽釜,水瓶…。 北海道開拓の村にて2004.6.6 |
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| 行李(こおり) …こおり(行李)は,もともと旅行用の荷物入れに使われた道具です。衣類を収納するのにも使われました。 材料は,竹・柳・籐などです。 共和町かかし古里館にて2005.8.19 |
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かまど …料理を作るのに,昔から使われていたのが「かまど」です。 上に鍋や釜をかけ,下から薪で火を燃やして,調理をします。 北海道開拓の村にて2004.6.6 |
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木桶風呂 …小判型(楕円形)の木桶風呂です。めったに見なくなったのですが,しっかり販売されています。 煙突のついた「鉄砲」と呼ばれる釜が付いています。それで「鉄砲風呂」とも呼ばれています。 2004.6.6北海道開拓の村にて |
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| 洗濯板とタライ …洗濯板とは,板の表面を波状にしているものです。 調べてみたら,インターネットでも販売されているんですよ。 2004.6.6北海道開拓の村にて(関連:3種の神器洗濯機) |
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| 卓袱台(ちゃぶだい) …卓袱台は,折りたたみのできる木製の食卓のことで,写真のように円形のもや四角形のものもあります。 使用され始めたのは,明治の中期頃ということです。共和町かかし古里館にて2005.8.19 |
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| 繭玉(まゆだま) …絹糸の原料。蚕のまゆ。北海道開拓の村にて |
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陶器の入れもの …酒,醤油など,各種陶器の入れ物集合。昔の網元の家にありました。 北海道開拓の村にて |
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| 金属活字 …新聞社で使われていたもの。印刷機と共にまだ使えそう。北海道開拓の村にて |
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拘束具 鉄丸(レプリカ) …明治政府は,樺戸集治監や空知集治監をつくり,北海道の原野開拓のため集めた囚人に,重労働の労役を課しました。 囚人たちが逃亡して捕まると写真の「鉄丸」という拘束具を足に付けられました。 ※鉄丸は,約600匁〜1貫目の重さ(約2.25kg〜3.75kg) 囚人たちの厳しい労働や死を賭して脱走を試みる様子は,吉村昭の「赤い人」(講談社文庫)に描かれています。 三笠市立博物館にて2006.8.12 |
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| 北国道具 | ||
函館の五稜郭氷 …函館五稜郭の堀には,厚い氷が張ります。この氷は良質と評判で,京浜地方に運ばれ,食料保存や医療用に使用されました。 写真は,1877年の「大日本物産図会 北海道函館氷輸出図」(複製)と函館氷に使った道具です。 道庁赤レンガギャラリー&函館博物館にて2006.5.4&2003.8.6 |
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| 人力そり …北海道で冬に使われていたことのある「人力そり」。 小樽鉄道記念館にて2002.8.26 |
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雪下駄 …雪国独特の防寒用下駄。今は見なくなったなぁ〜。共和町かかし古里館にて2005.8.19 |
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豆炭あんか …小さいときにお世話になりました。「豆炭」は,石炭や木炭などの粉末をまぜ,粘着剤で固めて乾燥したものです。 火であぶって着火した後,ケースに入れてふとんの中に入れます。朝までポカポカ暖かかった。 道庁赤レンガギャラリーにて2006.5.4 |
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電気あんか …昭和30年代の「電気あんか」です。「豆炭あんか」に比べて簡単に暖かい。 もちろん改良された電気あんかは,今でも販売しています。 道庁樺太関係資料館2006.5.4 |
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陶器製の湯たんぽ …「湯たんぽ」は北国でなくても使っていると思いますが,昭和初期の陶器製の湯たんぽです。 陶器製の湯たんぽは江戸時代からあったそうです。 インターネットで調べてみると,金属製よりも人肌に優しいと言うことで,今でも販売していました。 道庁樺太関係資料館にて2006.5.4 |
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| ストーブ …昔懐かしいダルマストーブや石炭ストーブ。北海道開拓の村にて |
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貯炭式ストーブ …貯炭式ストーブは,大正時代から作られた燃料の石炭をストーブの胴体部分に貯めておく形のストーブです。 長時間,石炭をつぎ足さなくてもよい利点があります。 写真のストーブには,鍋置き皿やお湯を沸かす容器も付いています。 また,デレッキ(火かき棒)やタイルを敷きつめたストーブ台も懐かしい。道庁赤レンガギャラリーにて2006.5.4 |
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下駄スケート …下駄スケートは,アメリカから本格的なスケートが移入された後,それをまねて下駄に,鉄製のブレードをつけたものです。 苫小牧博物館にて 2003.9.17 |
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スキー場 …昭和10年代のスキー場(?)の風景。竹製のストック,木でできたスキー。 スキー場なのに蝶ネクタイ姿は,私の祖父です。 |
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ストー(レプリカ) …スキーの原型と言われている「ストー」です。 板の裏には,アザラシの皮を張り付け,登るときには,斜面で滑らない工夫がされています。 1808年の間宮林蔵の樺太探検の際には,原住民の「ストー」を利用したことが著書「北蝦夷図説」に書かれています。 天狗山スキー記念館2006.7.24 |
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かんじき …雪の上を歩くための道具。この上に靴をひもで固定して使います。釧路市博物館にて2002.8.11 |
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馬用のかんじき …馬が雪の上を歩くための道具。馬の足にひもで固定します。 共和町ふるさとかかし館にて2005.8.19 |
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氷上蹄鉄(冬鉄) …馬が凍った雪(氷上)の上を歩くための道具。氷上に突き刺さるため鋭いつめが付いています。 冬用の蹄鉄は現在も使われている道具です。共和町ふるさとかかし館にて2005.8.19 |
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| アイヌ道具 | ||
| 鮭の皮でできた靴@ …アイヌの人が使用していた鮭(サケ)の皮でできた靴です。 魚の皮が靴になるとは,驚きです。釧路市博物館にて2002.8.11 |
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鮭の皮でできた靴A …鮭皮靴は,アイヌ語で「チェブケリ」だそうです。ひもの部分は,シナノキの樹皮でできています。サッポロピリカコタン(札幌市アイヌ文化交流センター)にて2004.9.29 |
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| 樹皮でできたアイヌの着物 …アイヌのアツシ織りの着物「アット゜ シチニンニヌプ」です。 この着物は,袖にたもとがなく,前のあわせも無いのが特徴です。 素材は,オヒョウの木の樹皮を織り込んで作ったものです。オヒョウは,ニレ科の植物で,樹皮でアツシという布を織るので別名がアツシノキ。 サッポロピリカコタン(札幌市アイヌ文化交流センター)にて2004.9.2 |
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| 農具 | ||
足踏み式水車 …昔の農業の絵や写真に出てくる足踏み式水車です。 水車の横の棒につかまり,足下の水車を回し,田に水をくみ入れます。 どの時代の頃から普及した道具なのか,知っている人は教えてください。江戸東京博物館にて。2003.3.15 |
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なげつるべ …昔のかんがい農具。2人で水に投げ込み,農業用水を汲み上げたために使った道具。 山形県立博物館にて。2006.8.1 |
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| 千歯こき …必ず教科書に出てくる脱穀農具。 |
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| 唐み …籾殻ともみの選別に使用。やっぱり教科書に出てくる農具の一つ。北海道開拓の村にて |
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田下駄 …湿地や水田の農作業等に使われる履き物を田下駄(たげた)といいました。 写真の田下駄は,苗代の土を平らにするのに使用されたものです。山形県立博物館2006.8.1 |
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| 昔の学校 | ||
小学校の木造校舎 …共和町幌似小学校は1933(昭和8)年に建設され,1982(昭和57)年に閉校になりました。 古い木造の校舎は復元され,現在は共和町の郷土資料館の一部として使われています。 校舎内には,開校当時の教室の様子が再現されています。共和町かかし古里館にて2005.8.19 |
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小学校の便所 …旧幌似小学校は,1933(昭和8)年に建築されたものです。 写真は,昭和初期の小学校の便所(トイレ)です。共和町かかし古里館にて2005.8.19 |
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昭和初期の教室 …写真の様な学校に一時勤務したことがあります。壁に掛かっている木製の三角定規やコンパスは懐かしいなぁ…。 共和町かかし古里館にて2005.8.19(壁紙「昭和初期の教室」) |
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教壇 …先生になることを「教壇につく」なんて言います。黒板の前に置かれた床から一段高いところが教壇です。 私が最初に勤めた頃には,教壇はありました。教壇に立つと視界が広かったことを思い出します。 今は,小中学校で見かけないなぁ…。共和町かかし古里館にて2005.8.19 |
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小学校の机 …共和町幌似小学校にあった教室の机を再現したものです。 児童2人が並んですわって机の天板がフタになっています。 共和町かかし古里館にて2005.8.19 |
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学校の鐘 …木造校舎の時代に使っていた学校の始業終業を知らせる鐘です。 教職員が鐘を持って,「カラーン,コローン」と廊下を歩いて知らせたそうです。 M小学校にて2007.3.20 |
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校名の焼きごて …昔の学校では,木製の学校備品に,学校名の焼き印が押してありました。 きっと学校のどこかに,昔,焼きごてで押された印の入ったものがあるはず…。 S小学校にて2007.10.5 |
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ガリ版 …私が教育実習生の時には,まだ,「ガリ版」でプリントを作っていました。 学校現場も和文タイプ→ワープロ→パソコンと道具が変わって,若い先生は,「鉄筆」なんて知らないだろうなぁ。 共和町かかし古里館にて2005.8.19 |
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石版 …石版は,明治時代の児童がノート代わりに使っていた石の板のこと。 字を書くのに使ったのは,ロウ石(石筆)です。 書いた文字や絵は,布で拭いて消して,何度でも書くことができます。 昭和の初めになると安価なノートが出てきて,「石板」はだんだん使われなくなりました。 共和町かかし古里館にて2005.8.19 |
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教室のストーブ …旧北海中学校のストーブ。 ストーブの横には,石炭箱とブリキのバケツがあります。北海道開拓の村にて2004.6.6 |
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| 勉強机 …旧北海中学校の勉強机。いまはすっかり学校で木製の机を見なくなりました。北海道開拓の村にて |
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