シャン州を訪ねる (2004426日‐57日)

 

3章 モゴック 世界最高品質のルビー鉱山と『究極の隠れ家』 その2

 

 次に、もうひとつ別の掘り方を見せるということで移動。町を抜けて南西方向に別の谷を入ったところに集落があり、路上にはグルカの婦人やインド人がウロウロしている。公式のルビー市場ではない取引場所で、仲買人たちは時間や場所をあちこち移動させるそうだ。仲買人の手には1センチ大の赤い石が見られ、中には数センチ大のものもある。ガイドから「外国人は決して石を買ってはいけないし、触れないように」と注意がある。基本的に天然資源は政府管理で、公式のルート以外で取引することは処罰の対象になることと、それ以上に贋物や他の産地で採れたまがい物もあるそうだ。仲買人が見せる原石を手に取っただけで、「瑕がついた」とか「贋物とすりかえた」とかのいちゃもんをつけてゆすりたかりの手口もよくあるそうだ。まあ、インド人が多いからそういう商売だろう。

 

       

集落                                                                             仲買人

 

       

仲買人                                                                          大きな石

 

 集落の先に進むと、狭い道路の地面は砕けた白い石で覆われ、葦囲いの敷地が並ぶ地区に入る。車は少し登りになった谷の奥、葦囲いの一軒の前に止まる。中から中国系の男が現れ、扉を開けて招き入れる。この地区は岩場で、縦坑を掘ってルビー結晶が含まれた石を採掘する。

 敷地の中にはモーター駆動のワイヤーを下ろした縦坑の入口が数個あって、男の説明では「縦坑は150メートルほど、そこから横に掘る。掘り出した石をワイヤーで上げ、その石を細かく割ってルビーを見つけ出す」そうだ。「雨季は水が出るので掘れない。坑内作業は24時間、12時間交替の2シフト。1チーム12人で堀り続ける。酸素供給装置はなく、事故の補償もない完全な出来高制。作業員は4箇月単位で契約する。ルビーが出ると、政府が4割、作業員は3割の取り分」と言う。

 

       

採掘場                                                                          立坑の入口

 

 隣の敷地では、手にハンマーを持った数十人が石を砕いている。よく見ると、一列になって作業する人員の数名ごと、向き合う位置に監視役が作業員の手元を見詰めている。硬質の石灰岩と見え、あたりは白い石片の山が増えるばかりで、いっこうにルビーらしきものは出ない。

 男に、一日どれぐらいルビーが出るのか尋ねると、「それは言えないが、4箇月働いて、最低でも20Kyatチャット(約3万円)、普通は200Kyat(約30万円)、今までで一番幸運な奴は2000Kyat(約300万円)の稼ぎになった。あんたもやってみるか?」

 なんとも明解な山師の世界である。保険も補償もいっさいなし、大きなルビーが出れば大儲け、事故があったら命をなくす。労働基準とか労災補償とか、そんな話が女々しく響く、骨太の潔い世界である。良し悪しは別にして、毎日決まった時間に会社というところに行って、人に揚げ足を取られるミスだけを犯さず、安逸を求めて汲々とする生活をせせら笑う世界である。

 ところであんたは中国人か?と尋ねると、「コーカンだ」と予想どおりの返事が返ってきた。

 

     

岩を砕く                                                                      集落の茶店

 

 町中に戻って公式のルビーマーケットを覗くと、仲買人たちがあちこちの木の机に陣取り、ルビーを並べて客を待っている。半分ぐらいはグルカの婦人である。

 ルビーマーケットの背景に見える西の峠、モンミットへ向かう街道を登ってみた。登り坂の中腹に遮断機の下りたチェックポイントがあって、そこから先は外国人通行禁止となる。

 

       

ルビーマーケット                                                        グルカの仲買人

 

 眼下に、夕霞のかかり始めたモゴックの町が見える。ところどころ採掘跡の大きな水溜りがあり、家が麓から立ち並ぶ向かいの尾根に立派な教会が建っている。リス族の教会と言うからバプティストか。ちょうどこの峠に、破壊されたコンクリート造りの屋敷の土台が残っている。リス族の首領の屋敷が建っていた跡で、数年前に“リス族の資産を私していた”ことが発覚し、怒ったリス族が打ち壊したそうだ。チーク材をタイの会社に流していたらしい。

 

     

峠から見るモゴック                                                     モンミット方向

 

     

峠のチェックポイント                                                 リス族の首領の屋敷跡

 

 モゴックの中心部に下りて電話を探す。マンダレーで合流して我々と同行しているHさん懇意のヤンゴン(ラングーン)の旅行会社のMDManaging Director)で、シンガポールに住んだこともあるハイカラなビルマ人のKが、ヤンゴンの会社に電話をするのにモゴックモーテル(これは宿泊予定だった市内のホテルの正式名称)に寄ると、携帯電話で通話させる商売をしている男がいる。

 ホテルの前の道沿いに小川が流れ、その後方の丘の上に金色のパゴダ。Hさんは60年前にこの道を通過した記憶が甦る。チャウメから、ここを通ってモンミットに向かったそうだ。駐留したモンミットでは、上官についてモンミットソーボワ(藩主)の館を数回訪れた。ソーボワの妻は英人(ソーボワが英国留学中に知りあったアイルランド婦人)で、日本軍士官はしばしばお茶を飲みに訪れたが、前線視察の参謀がモンミットに来ると空襲があり、「どうもモンミット館の地下には無線機があって、日本軍の情報を送信していたらしい」という解釈である。

 

       

モゴック市内の空き地(採掘跡)                                モゴック市内、シーク寺院

 

 モゴックからチャピンに戻る峠を登って、今夜のホテル、ゴールデンバタフライにチェックインする。シャン高原の山奥深く分け入った外国人立入制限地域、世界最高とも言われる品質の天然ルビーを産出する秘境、そんな非日常性をさらに倍加させるミスマッチな黄金色に輝く蝶々の看板、その脇を入ると狭い専用道路が森林の中に数百メートル続く。一度下った道は谷の鞍部を通って再び登り、ホテルのオフィス棟の横に着く。客室はモゴック盆地に向いた急な斜面に、棟続きの客室と、独立したバンガローが並んでいる。

 バンガローのひとつに案内されると、感動が待っていた。全てチーク材の床と棚と家具とベッドで、それを照らす照明は調光装置付きの妖しい赤色、やはり『モーテル』趣味である。とは言え、ビルマ(ミャンマー)では豪華な造りであることには違いない。

 

     

チーク材でできた部屋                                                 バスルーム

 

 バスルームを覗くと、気の利いた白色系のタイルを使った大き目のバスタブ、湯船に身体を伸ばすと頭の位置あたりには窪みがしつらえてある。洗面台に置かれた備品もまた感動ものだった。タイ製のコルゲート歯磨きに、中国製の歯ブラシ、シャンプーはビルマ(ミャンマー)製の秘境モゴックに於ける幸福な出会い。窓の外は、陽が落ちてたちまち夕闇がせまる深山の林間の宵である。

 

 軽くシャワーで汗を流し、ベッドに身体を投げ出すと、夕暮れに響く鳥や虫の声。ふと、ここは「究極の隠れ家」ではという考えが浮かぶ。今や世界中のほとんどの場所は、思いたったらその日のうちに、インターネットで予約して、パスポートとクレディットカードさえあれば出発できる。携帯電話とインターネットは、世界中のどこにでも繋がっている。だが、ここモゴックは、ビルマ(ミャンマー)国軍情報部お抱えのフェニックスツアーがOKと言わなければ入れない。電話回線の状態は悪く、携帯電話は繋がらず、インターネットは回線と政治的問題の二重苦で使えない。それでいて、このホテルが普通のホテルなら単に不便な開発途上国の山奥で、それだけの話なのだが、このホテルの素晴らしいロケーションとミスマッチな豪華さは、お薦めである。

 

     

看板                                                                             バンガロー

 

モゴックという空間が異界である。今こうしている間にも、峠の下の盆地の地底150メートルでは補償も何もない摂氏数十度の熱地獄の中、命がけの一攫千金を狙う人々が赤いルビーを求めて岩を掘り砕いている。ほんのひとかけらが数百万円にもなるルビーをめぐって、グルカやリスやシークやインドやコーカンや中国やビルマの人々が集まり、小乗・大乗・ヒンドゥー・ネパール・シーク・キリスト・イスラーム・中国寺院が立ち並ぶ。そもそも宝石なるものが虚構と言えなくもない。思い込めば別だが、病気が治るわけでも、食べられるわけでもない。ただの石である。珍しいとか色が綺麗だとかで、数百万円の価値を創り出してしまうところが極めて人間の想像の産物である。そう思い至れば、この奥深い山間盆地の自然の中に突然現れる黄金色の蝶々のモーテルは、異様でもなく、チーク材をふんだんに使った広い室内、自家発電の電源、清潔感のあるバスルームに大きなバスタブ、特に世界の主なリゾートや小秘境は行き尽くしたという都会人にはお薦めではなかろうか。

 

       

窓の外                                                                          食堂へ下る道、右は続き部屋

 

 夕食は、急な斜面を下がったテラスに建つ露台式の食堂。先客はビルマ人の一組だけだが、自然に囲まれた開放型の食堂で、大音量のビルマ歌謡カラオケはいささか迷惑かつ無粋である。先日のタウンジーホテルでもそうだったが、ビルマ人は耳が遠いのか、気持ちが悪くなるほどの大音量でカラオケを流し、さして上手いとは思えない歌を金切り声で叫ぶか、怒鳴るように歌うかである。身内だから拍手しているのかと思うと、歌った本人はもちろんまわりの人間も結構上手だと評価しているようである。

 カラオケ組が室内に移動すると、食卓には夜の木の匂いが満ち、虫やカエルの声が響いている。夕食の席に、フェニックスツアーの役員だという人間が挨拶に来た。今回の車の運転手は彼の兄弟らしい。当然佐官クラスの軍人なのだが、かなりソフィスティケートされている。今週のキン・ニュン首相訪問に関係してこの地に来ている様子である。ヤンゴンの旅行会社のMDでハイカラなビルマ人のKが、予約の手配とツアーの値段について文句を言っているようだが、それを「はいそうですか」と受け容れるわけはないものの、少なくとも意見は意見として聞いている。

 

53日(モゴック・マンダレー)

 

 朝、カーテンを開けるとそのまま森林浴である。眺めのよい食堂に行こうと部屋を出ると、どことなく品のよいビルマ人と出会い会釈される。曇り空から降りかけた雨に傘を持った若いお付きを従えている。あとでビルマ人のガイドが「ヤンゴン(ラングーン)の商工会議所の偉い人が泊まっていました」と言ったからその人物なのだろう。してみると、このホテルはやはりこの国では上等な部類に違いない。

 

     

食堂と霧の出た山地                                                     雲と光

 

 高原の肌寒さも感じさせる露台の食堂に座ると、モゴック盆地を囲む山並みに薄く雲がかかり、墨絵のような光景がひろがる。モゴックは手前の丘の裏になって、視界の中はほとんどが深山の自然である。わずかに、右手の山腹をモゴックに下る峠道だけが人のけはいを感じさせる。

 食事をしていると、速い雲が驟雨を連れて通り過ぎ、遠い山並みがつぎつぎと色を変える。結構な自然の風景である。趣は中国の風を想わせる。

 

 今日はマンダレーに戻るだけである。篠つく雨の中、峠を越えたチャピンの町を通ると、普段着ではない人々が三々五々お寺に向かっている。今日は満月で、小乗仏教ではお寺に参って戒を改める布薩日にあたる。ビルマ(ミャンマー)では休日になるとのこと。それでも、チャピンのルビー鉱は作業を続けている。露天掘りの赤土鉱床の底から、土が機械で櫓に上げられる。ルビーの質は、岩場より赤土の鉱床のほうが良いそうだ。車を停めて眺める足元の雨に濡れた赤土の中にも、赤いルビーが混じっていそうである。「ビルマでは、雨が降るとルビーが出る」と、ハイカラなビルマ人Kが言う。まんざら冗談でもなさそうである。

 

     

チャピンの町中                                                            ルビー鉱の櫓とチャピンの町

 

 モゴック地区を出、グルカの村を通り、適度な雨に埃の抑えられた山道を走る。5月に入って、今年は雨季が早いのかもしれない。菩提樹が雨に濡れるシュエニャンビン村を過ぎ、焼畑がそこここの斜面に見えるリス族の村、ちいさな山間盆地の底にひっそりとしたタイ(Tai)系の集落、また山道を抜けて、焼畑地を持った別の集落、金鉱があって、チェックポイントがあって、乾いた高原台地を抜けると道は下ってイラワジ(エーヤワディー)の河岸平野に降りる。人が増えて、街道には家並が続き出す。レコーピンの町で昼食。大理石の山が見え、緑の水田地帯を走りつづけて、宝石(ヤダナー)の王都と称されるマンダレーに帰りつく。これが、何かしら宝探しの地図にも思える、秘境モゴックへのルートである。

 

 まるで、ロールプレイゲームではないだろうか?山奥の秘境ルビーの鉱山に至るには、唯ひとつの旅行会社を見つけて申し込まないといけない。その旅行会社は、実は軍隊の情報部がやっていて、でも見かけはソフィスティケートされたビジネスマンのようなスタッフが現れる。一年前から予約をしていても、偉い人の突然の訪問で中止になるかも知れないし、モゴックまで着けても、うっかりルビーに手を出せば、軍隊に捕まるか、怪しい仲買人の餌食になる落し穴も待ち構えている。そして、あの隠れキャラとも言うべき黄金色蝶々の看板のホテル『究極の隠れ家』に泊まるには、町中のホテルが偉い人の都合で使えないというラッキーなタイミングでなければならないのである。

 

 やはり現代ではなかなか珍しい秘境である。

 

     

雲に隠れたモゴック盆地                                              マンダレー王宮

 

 

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