シャン州を訪ねる (2004426日‐57日)

 

3章 モゴック 世界最高品質のルビー鉱山と『究極の隠れ家』

 

52日(マンダレー・モゴック)

 

 ルビー鉱山で有名なモゴックに行くにはいくつかの障害がある。誰でも思いたったら行けるというわけではない。重要な外貨獲得手段でもあるルビー鉱山は外国人立入禁止区域である。唯一、国軍情報部(MIMilitary Intelligence)の経営する旅行会社フェニックスツアーだけがモゴックへの外国人の訪問をアレンジする。

 

 今回お伴をしている元日本兵のHさんは1944年(昭和19年)9月下旬、玉砕を覚悟した中国領内の龍陵(ロンリン)を脱出、部隊は「バーマロード」を転進してチャウメからモゴックを通過、1944年(昭和19年)末から1945年(昭和20年)初めにかけてモンミットに数箇月駐留された。Hさんは今回25回目の訪緬で、ビルマ(ミャンマー)内のほとんどの思い出の場所はすでに訪問されているが、唯一戦時以来再訪がかなわなかったのがモゴックとモンミットである。今年こその思いで一年前からモゴック入境を準備され、懇意にしているヤンゴン(ラングーン)の旅行会社を通して、フェニックスツアーに要請されていた。

 うまくすれば、モゴック訪問後モンミットまで足を伸ばせるかの期待もあった。が、実際はそれどころか、もう少しでモゴックまですら行けないところだった。と言うのは、直前になってフェニックスツアーから「5月の一週目にキン・ニュン首相が同地を訪問されるので、一般人は行けなくなった」と通告してきたからだ。これには一年前から予約を入れていたヤンゴンの旅行会社が「納得できない」と交渉し、結局「52日マンダレー出発でモゴック一泊なら可能」ということで落着した。

 

 前日の51日、南シャン州のヘホー空港からマンダレー空港に移動、午後は戦跡であるミンゲ川の橋からアマラプーラ経由、サガインヒルの日本人慰霊仏塔を訪ねた。1945年(昭和20年)3月、反攻して来た英軍はマンダレーを攻めながらも、戦車を押し立てた機動部隊主力はマンダレーに構わずイラワジ河を渡河して一気にメイティーラに進攻、これを突破してマンダレー街道をラングーンに向けて急進した。Hさんはそのメイティーラの飛行場でも闘ったし、ピンマナ、トングーとそれぞれ防衛線を構築せよの命令で転進するが、いずれもマンダレー街道を南下する英軍機動部隊の方が速く、敵に追いすがるように南下して、英軍がラングーン制圧に向かった後、モールメン方向に後退する日本軍の為シッタン河の渡河点を防衛することになった。

 

     

サガインヒルからイラワジ河の眺め                            マンダレーの夕暮れ

 

 夕刻、マンダレーに入り、泊まったのはマンダレーヒルを背後に望む立派なリゾートホテルである。建てたのはフランス系のホテルチェーン、現在は経営者が変わっているが、設備は国際水準の立派な造りでなかなか快適である。泊り客の少ないところが穴場と言える。

 

     

マンダレー王宮の壁とマンダレーヒル                         ホテルから見るマンダレーヒル

 

     

マンダレーヒルリゾート                                              マンダレーヒルの朝

 

 さて、このマンダレーヒルリゾートに迎えに来たのは、中古車ではなく新車のマイクロバスで、ギヤはオートマッティック、足回りは山道用に強化され、冷房もしっかり効いたフェニックスツアーの専用車だった。なにしろ国軍情報部(MI)であるが、運転手は英語も喋るソフィスティケートされた一般人の印象。

 

     

ホテルの玄関                                                               迎えの車

 

 マンダレーを北に出ると水田地帯、マダヤを過ぎると水田のかなたに大理石を切り出す白い山が見える。レコーピンの町で休憩、物売りは竹筒飯(カオラーム)を売っている。橋の架かった川は乾季のせいかほとんど水がない。東にシャン高原の山並みが見えるから、雨季にはまるで異なった水量で流れるのだろう。

 

     

マンダレーを北に出た道路                                          水田の奥に大理石の山

 

     

レコーピンの橋と乾いた川                                          竹筒飯

 

 道が東に向かうと、景色は潅木のまばらな乾燥した平原になり、山にかかるところでチェックポイント。ここから先は軍の許可がなければ入れない地帯だが、フェニックスツアーならまったく問題がない。三叉路になっていて、左に進むとイラワジ(エーヤワディー)河岸のタベイキン、真っ直ぐ進むと山道に分け入ってモゴックに至る。

地図で見るとモゴック地区だけがシャン州に舌を出すように伸びだしたマンダレー管区に含まれる。実際の地形だけを言えば、今走って来た平野部はシャン高原とイラワジ河に挟まれた狭い河岸平野で、東に向かえばすぐにシャン高原の山地になる。古くはモンミット領であったが、コンバウン朝時代にルビー鉱が発見され、コンバウン朝の直轄になった背景があり、英領期にはマンダレー管区に含まれた。

 

     

チェックポイント                                                        金鉱

 

 山道に入ってすぐ、山地民空間とも思えない場所に唐突に大きな集落がある。ここは最近、金鉱が発見されたところだと説明される。集落を過ぎた高台から眺めると、茅葺の掘っ立て小屋がいくつか並ぶところが金脈の所在地だと言う。ルビー鉱に向かうまでに、大理石の山や金鉱と、確かに地下資源は豊富な土地だと納得させられる。

 

 英領期に作られた狭い舗装道路を進むと、いよいよ本当の山地民の集落が現れる。ビルマ人ガイドに何族か尋ねると「リショー」とのこと。村落の中、教会の表示がある家には英語の看板があってリス(Lisu)と書いてある。

 しばらく走ると焼畑がまわりの尾根に見え、立派な山地民空間の真っ只中に次の集落がある。尾根筋を走る道路に沿った集落で車を停め、歩いてみる。フェニックスツアーの運転手も、ヤンゴンから同行しているビルマ人ガイドも、“こんな村の何が面白いの?”と言う顔をしている。どうやらビルマ人には、エスニックマイノリティーの文化が近年のツーリズムの対象になっていることが理解できないようである。

 

     

リス村                                                                          リス村の子供

 

 山を分け入る道路は小さな盆地に出会って、ガードレールもない峠道の眼下に水田が望める。盆地から流れ出す川を渡る為、道路は一端高度を下げ、橋を渡るあたりにタイ(Tai)系と見える集落があるが、それを過ぎると再び道路は高度を上げて尾根筋を行く。

 

       

焼畑                                                                             水田の集落

 

昼食は大きな菩提樹の木が目印のシュエニャンビン村で。崖に張り付くように建てられた食堂の裏は、木が生い茂った谷になる。ここはビルマ人の店でビルマ料理。数軒の店がある集落の中ほど、道路から入って眺めの良さそうな位置に白い洋風の建物がある。英領期のバンガロー(宿泊所)と思えるが、表に軍の車が停まっている。

 

     

シュエニャンビン村の菩提樹と散髪屋                         シュエニャンビン村

 

     

英領期のバンガローか?                                              シュエニャンビン村

 

 昼食を済ませて一時間ばかり、さらに山道を分け入ると、峠の先にモゴック地区を示すゲートが見える場所に着く。手前で車を止め、カーヴになった峠道から今通ってきた山並みを眺める。遠くになるほど緑から青に色を変える山塊が折り重なり、山奥深く分け入った秘境を実感させる。

 目の下に集落があり、斜面の畑では小さな菊のような花を栽培している。どこか山地民の集落とは違う印象があり、よく見ると集落の中に小乗仏教のお寺でもなく教会でもない、少し変わった寺院らしきものが見える。あれは何だ?と訊くと、「グルカのお寺です」と言う。この村は英領期の軍隊で名を馳せたグルカ兵の子孫のネパール人が住んでいるのだ。確かに、山岳高地の気候や風景は彼等の故郷と似たものがあるのだろう。

 

     

山間の村落                                                                   小さなルビー鉱

 

     

重なる山並み                                                               グルカの村

 

 ゲートには「ルビーの土地モゴック」の文字、峠を下ると最初の大きな採掘地であるチャピンの町。まわりを山に囲まれた赤土地帯の真ん中に大きな池があり、露天掘りで掘り下げたところに水が溜まったものと見える。ところどころに木の櫓が組まれ、どうやら赤土の地面を掘って、土を櫓の上に上げ、大量の水で洗い流しながらルビー原石を選別する仕掛けらしい。

 

     

モゴック地区ゲート                                                     チャピンの露天掘り

 

 チャピンからもうひとつ峠を越えるとモゴックの町である。峠の下りに巨大な黄金色の蝶々の看板がある。まるで日本の高速出口付近に建ち並ぶ『モーテル』の趣味ではないかと思ったら、「今夜のホテルはここです」との案内、名前はゴールデンバタフライ。今週はキン・ニュン首相がモゴック・モンミットを訪れる予定なので、モゴック市内の宿泊施設は外国人宿泊禁止となったお蔭でこのホテルに泊まれるそうだ。

 

 まずはホテルに寄らずにモゴックの町中に向かう。まわりを山に囲まれた小さな盆地に、かなり大きな町ができている。人口は30万人ほどあるそうだ。町中にはインド人の姿も多い。ルビーの仲買人はグルカやリスで、他にシーク、ビルマ、中国など雑多な人々が作る国際都市の様相である。

最初に公式のルビーマーケットを訪れるが、金網で囲まれた敷地に、日除け傘をつけた木の机が数十個並ぶだけの簡単なもので、人は少ない。夕方から人が増えるということなので、採掘現場のひとつを見に行く。モゴックの町の西側になる谷で、ゴルフ場の先に金網と塀で一般人の立ち入りを禁止した赤土の谷では、掘り出した土を櫓に上げて大量の水で洗い流している。

流れ出した赤い泥水が敷地の外の小川に放流される場所に人だかりがあり、数人が泥水まみれになって土砂をすくっているではないか。見ていると、金網の濾し器のなかに残った砂利のなかに赤いルビー原石が含まれている。大きい石は採掘場で採るのだろうが、それでも大きさ数ミリのルビーが排水の中に見つけられるわけだ。赤色でも濃いものも薄いものもあり、また青色のサファイヤもルビーと同じ化学物質で、まさに玉石混淆の状態である。が、さすがに目の利く人間はどこにでも居て、たちまち値打ちのある石を選り分ける。さらにその様子を後ろから、ちょっと小奇麗な身なりのグルカの若い婦人が観察していて、良さそうな石があるとその場で買い付ける。

 

     

排水口                                                                          ルビーを選り分ける子供

 

     

作業をする人々                                                            泥の流れる小川

 

 

Mogok2につづく

 

 

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