甲子園への横顔(西日本新聞より)
修猷館 監督 行徳 正祐 投手 田中 三二 (2年) 捕手 伊藤 延幸 (2年) 一塁 野口 基雄 (2年) 二塁 藤川 一匡 (3年) 三塁 町田 稔 (3年) 遊撃 山内 末彦 (2年) 左翼 藤井 君彦 (3年) 中堅 岸岡 邦彦 (3年) 右翼 重藤 馨 (2年) 補欠 大石 進 (2年) 補欠 並木 和夫 (2年) 補欠 中山 茂春 (2年) | 行徳監督が5月から復帰してメキメキ強くなった。エース田中はシンカーが決まると簡単に打ち込まれず、行徳監督も期待をかけている。 打線は、長打力はないがムラなく打てるようになった。藤井、岸岡の中心打者に当たりが出ればかなりのところまで進出しそうだ。
守備はまだ弱い面もあるがこれまでの試合では大きなエラーは出てない。ただ主将岸岡が捕手から外野に変わって間もないのでやや不安があるようだ。しかし試合運びがうまいうえ、上昇ムードがあるだけ予想以上の活躍をしそう。4月以降の戦績は8勝4敗。 |
第1回戦 対久留米高校戦:香椎球場(昭和39年7月14日)
打力の違いがまざまざと現れた試合だった。修猷は初回2個の打撃妨害で無死一、二塁。このあと四球を含んで4安打を見舞い大量4点をあげたほか、六回には町田が、県南大会4本目の本塁打を左翼席にたたき込んで、一方的に押し切った。
久留米は今一歩力がたらなかった。四回には3本の長短打を集めながら盗塁のまずさで無得点。ここというチャンスにも一発が出ず、一矢もむくいることが出来なかった。
修猷、初回に4点
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第2回戦 対博多高校戦:香椎球場(昭和39年7月16日)
六回まで左腕畑尾にノーヒットに押さえられ、守る修猷が七回に反撃してゲームは緊迫した。修猷は七回二死から田中、岸岡が連安打し、さらに藤井が左翼へ3点本塁打して1点に詰め寄った。博多はあわてて城戸にスイッチ。しかし修猷の善戦もここまでだった。博多は田中の疲れに乗じ、七回には三安打集中、八回には4四球三安打でとそめをさした。
修猷は藤井の先発でさぐりを入れたのがまずかった。博多は初回角の左翼三点本塁打をしめくくりにトップから三連安打してあっさり藤井をKOした。救援の田中が打たれながらも、バックの好守にささえられて六回まで博多の追加点を1点に押さえていただけに、修猷としては痛い藤井の先発だった。また修猷打線は高めのつり球によく手を出し、強振しすぎたのも、反撃が遅れた原因となった。攻撃面でははるかに博多がすぐれていた。
修猷の追撃ならず
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